特別展「漫画家生活60周年記念 青池保子展 Contrail 航跡のかがやき」が、神戸市立小磯記念美術館で開かれている。主な展示作品を紹介する。
作者がほれ込んだ主人公
◇「テンペスト」前編扉絵 『月刊セブンティーン』1978年7月号掲載 秋田書店蔵
海賊を描きたかった作者が「七つの海七つの空」で創出したダークヒーロー、ティリアンは物語の中で死ぬ。しかし数か月後「彼自身のことを追求せずにはいられなくなり、この作品を描きました」と連載したのが「エル・アルコン-鷹-」だった。「テンペスト」はその続編で、賢く毅然とした女海賊ギルダが登場する。本作は前編の扉絵。七つの海を征服する野望を実現させるため、冷酷に行動するティリアンが、荒れる海と空を背景に長髪をなびかせる。作者が「キャラクターにほれ込み」「キャラクターが実在化する」と語る特別な主人公の一人である。
スペイン女王の光と影
◇「光と影の伝説」《ファーナ・ラ・ロカ》 『グレープフルーツ』第2号 1981年 秋田書店蔵
スペインを統一したカスティーリャ女王イザベルⅠ世と、アラゴン王フェルナンドの次女ファーナ・ラ・ロカを描く。端正な人物の顔立ち、豪華な衣装の質感、宝飾品のきらめきが卓越した画力で描かれる。ファーナの結婚相手はのちのフェリペⅠ世。彼女はスペインの真の女王であったが、夫の死後に精神を病み、父と息子により46年間、塔に幽閉された。
青池保子さんは新書館が発行した雑誌『グレープフルーツ』誌上に「光と影の伝説」を連載、歴史上の人物、それも栄光と悲劇に見舞われた人々の肖像を描いた。また、桐生操が著したルネサンスの女性評伝の表紙画を描いた。
背景に少佐の気配
◇「エロイカより愛をこめて」№10「グラス・ターゲット」SECT・3扉絵 『プリンセス』1981年3月号掲載 秋田書店蔵
英国貴族然とした男性は、美術品泥棒エロイカことグローリア伯爵。幼少時より名画に親しみ、「好きでもない美術品を投資のためにのみ買うような人間は大きらいだ」との信念を持つ。作者最大の人気作「エロイカより愛をこめて」の主人公だが、物語では背景の絵に描かれたドイツ人・エーベルバッハ少佐の存在感と拮抗していく。画中の彼は背広の胸ポケットに右手を入れる様子、そこに銃を持ったシルエットが重ねられ、何かが起こる気配が漂う。彼がNATO情報将校という設定で、冷戦と地政学が美術品を巡る物語に盛り込まれ、主人公たちは30年以上、世界を疾走した。
INFORMATION
<会期>9月24日(日)まで。月曜休館(祝日の場合は翌火曜)。
<会場>神戸市立小磯記念美術館(神戸市東灘区向洋町中5、078・857・5880)
2023年7月23日、25日、26日 毎日新聞・大阪版 掲載