(左)芳幾「太平記英勇伝 佐久間玄蕃盛政(佐久間盛政)」 慶応3(1867)年 浅井コレクション ※前期展示(7月30日まで)
(右)芳年「芳年武者无類 遠江守北條時政」 明治16(1883)年 浅井コレクション

 特別展「芳幾・芳年―国芳門下の2大ライバル」が8日、北九州市立美術館本館で開幕する。落合芳幾(よしいく)(1833~1904年)と月岡芳年(1839~92年)は、ともに歌川国芳の門下で最後の浮世絵師と呼ばれる世代。幕末明治という激動の時代に、浮世絵衰退の流れにあらがい、それぞれの画技を追い求めた2人の全貌に迫る。芳幾の「太平記英勇伝」100図(前後期で50図ずつ)、芳年の「芳年武者无類(ぶるい)」33図はそれぞれの揃(そろ)いを展示する。河村朱音・同館学芸員に本展の見どころを寄稿してもらった。

 江戸に生まれ、10代のほぼ同時期に歌川国芳へ入門した芳幾と芳年は、いわば兄弟弟子です。国芳からは「芳幾は器用ではあるが覇気がなく、芳年は覇気があっても不器用」と評されますが、幕末の風潮を反映した残酷な血みどろ絵を共作するなど、2人は駆け出しの頃から良きライバルとして人気を競いました。

芳年「つき百姿 千代能」 明治22(1889)年 浅井コレクション

 芳幾が一足先に浮世絵師人気番付の3位にその名が記された頃、芳幾は36歳、芳年は30歳であり、ちょうど人生半ばに明治維新を迎えました。文明開化によって新しい技術やメディアが登場し、めまぐるしく時代が動くなかで浮世絵が斜陽を迎えると、2人はそれぞれ生き延びるための闘いを始めます。

 芳幾は温和で軽快洒脱(しゃだつ)な性格から、好事家や戯作者(げさくしゃ)らと広く交流があり、仲間との縁から新事業の立ち上げに乗り出しました。明治5(1872)年、東京初の活字日刊紙「東京日日新聞」(毎日新聞の前身)の発刊、続いて明治7年に芳幾の錦絵による「東京日々新聞」大錦を刊行しました。日刊紙で報じられた記事から美談や奇譚(きたん)、あるいは扇情(せんじょう)的で猟奇的な内容を厳選した新聞錦絵は、視覚的にも分かりやすく、一般大衆の好奇心を刺激し、新聞をより身近なものとして浸透させることになりました。

芳幾「東京日々新聞 百十一号」 明治7(1874)年10月 毎日新聞社新屋文庫

 その後も芳幾はさまざまな新事業を展開し、従来の浮世絵の現場からは距離を置いていきました。

 一方の芳年は、あくまで浮世絵にこだわり、最後まで絵師としての活動を続けました。描く対象を武者から歴史的人物へと広げ、明治16年から4年にわたって刊行されたシリーズの「芳年武者无類」では、神話の時代から戦国時代までの武者を登場させています。変幻自在な構図によって動と静を巧みに操り、独自の武者絵を開拓していきました。

 また、完成を目前に病を患い没後に刊行となった「月百姿」は、8年の歳月をかけ、実在・架空を問わず、幅広い時代の有名無名の人物を月にちなんで描いた文学性の高い100図のシリーズです。無残絵で名を馳(は)せた芳年が長い試行錯誤の末、静謐(せいひつ)な境地に至ったことが想像されるものです。

 文明開化に即し、新聞錦絵や挿絵など新しい媒体へ軽やかに挑んだ芳幾。幕末明治の世相を反映し画風刷新にこだわり続け、最後の浮世絵に燦然(さんぜん)の輝きをもたらした芳年。本展では、2人それぞれの闘いと対照的な生き様を、貴重な個人コレクションを中心に振り返るとともに、同時代の浮世絵師の作品もあわせて紹介し、激動の時代を回顧します。

INFORMATION

特別展「芳幾・芳年―国芳門下の2大ライバル」

◇会期 8日(土)~8月27日(日)。月曜休館。ただし、祝日の7月17日は開館し、翌18日休館。8月7日は特別開館。
◇開館時間 午前9時半~午後5時半(入館は午後5時まで)
◇会場 北九州市立美術館本館(戸畑区西鞘ケ谷町、093・882・7777)
◇観覧料 一般1300円、高大生800円、小中生600円。前売り、20人以上の団体は一般が300円、高大・小中生が200円引き。また、北九州市在住の65歳以上の方は当日料金が2割引き(公的機関発行の証明書などの提示が必要)。
※会期中、一部作品を30日までの前期と後期で展示替えします。

主  催:芳幾芳年展実行委員会(北九州市立美術館、毎日新聞社)
後  援:TNCテレビ西日本、九州旅客鉄道、西日本鉄道、北九州モノレール、筑豊電気鉄道、スターフライヤー
特別協力:浅井コレクション

◇学芸員によるギャラリートーク
21日(金)、8月4日(金)、8月18日(金)。いずれも午後2時から(30分程度)。※参加費無料・申し込み不要ですが、本展観覧料が必要です。

2023年7月6日 毎日新聞・西部朝刊 掲載

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