アンス・アルトゥングの作品。左の2作品は85歳で亡くなる1年前に描かれた=平林由梨撮影

 この約10年、特に抽象絵画の収集に力を注いできたアーティゾン美術館(東京・京橋)が、その成果を惜しみなく活用した展覧会を企画した。20世紀初頭にパリで芽ばえ、米国や日本でも豊かに実った抽象絵画の歴史を、コレクション約150点を含む計約250点から見渡す。

 展示は、ポール・セザンヌの「サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」から始まる。仏南部の山を描いた作品だが、抽象絵画の原点とも言えるキュビスム、フォービスムのきっかけとなった作品として位置づけた。

 続いてアンドレ・ドランやモーリス・ド・ヴラマンク、ジョルジュ・ブラックらの探究を伝える作品を厚く紹介し、抽象絵画が登場するに至る絵画運動を丁寧に追った。そしていよいよ抽象絵画が登場する。その創始者の一人と言われながら国内ではあまり紹介される機会がなかったフランティセック・クプカや、ロベール・ドローネーらの作品に触れられるのは貴重な機会だろう。

フランティセック・クプカ「赤い背景のエチュード」(1919年ごろ)、石橋財団アーティゾン美術館蔵

 第二次世界大戦をへて抽象絵画の主戦場がアメリカに移ると表現はよりダイナミックになる。活気がほとばしるヘレン・フランケンサーラー、ジョアン・ミッチェルらの作品は視覚の興奮を呼ぶ。前半の繊細で慎重にも映る欧州の抽象とは対照的だ。

 絵の具のしぶきがカンバスを走る、仏で活動したアンス・アルトゥングの大作4点はいずれも亡くなる2年以内の作品だというから驚く。恩地孝四郎、萬(よろず)鉄五郎から具体美術協会、実験工房へと、欧米中心となりがちな抽象絵画史に、国内の動向を並走させた点も意義深い。

 抽象表現を引き受けた現代作家7人の特集展示で幕は閉じる。絵画の枠にとらわれないインスタレーションや写真も並んだ。「抽象絵画とは」との問いをあらためて投げかけ、美術史を教科書的にたどるにとどまらない余韻を残した。8月20日まで。

2023年6月26日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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