高橋由一の「鮭」の前で立ち止まる美術家の会田誠さん=東京都千代田区の東京国立近代美術館で3月、和田大典撮影

 皇居のお堀端にたつ東京国立近代美術館(東京都千代田区)で開かれている展覧会「重要文化財の秘密」が、「史上初、ぜんぶ重要文化財」という内容で注目を集めている。国が重文指定した明治以降の日本画・洋画・彫刻・工芸作品がずらりと並ぶ会場を、数々の「問題作」で社会に波紋を広げてきた美術家、会田誠さん(57)が訪れた。「作者の『個』が尊重されるようになった近代以降の美術を、国が権威付け、ランク付けする危うさ、悩ましさを含めて興味深い」と話し、作品が放つメッセージに耳を澄ませた。

 重文指定のベースとなる文化財保護法が制定されたのは1950年。奈良・法隆寺金堂で壁画などを焼く火災が起きたことがきっかけとなった。以来、明治以降に作られた絵画、彫刻、工芸作品から計68件が指定を受けている。この展覧会にはそのうちの51点が集まった。

 会場を歩いていると、「どうしてこれが重文に?」という疑問が浮かぶ作品にぶつかることがある。その「秘密」を知りたくなる。会田さんの目にはどう映っただろう。

関根正二「信仰の悲しみ」1918(大正7)年、大原美術館蔵

 足を止めたのは洋画家、関根正二の「信仰の悲しみ」(1918年)の前。おなかの大きい女性が行列する風景を描いている。「関根の作品が入っているのはいい。テクニックではなく、近代の個人の青春、ロマン、そういうものを選ぼうとしている」と会田さん。「スペイン風邪によって20歳で亡くなった伝記的事実を含め、ファンも多い。そういう点も踏まえたのかな」

青木繁「わだつみのいろこの宮」、1907(明治40)年、石橋財団アーティゾン美術館蔵

 他にも、洋画では重文指定の第1号となった高橋由一の「鮭」(1877年)や、青木繁の「わだつみのいろこの宮」(1907年)、萬鉄五郎が東京美術学校(現・東京芸術大)に卒業制作として提出した「裸体美人」(1912年)が異彩を放つ。

萬鉄五郎「裸体美人」1912(明治45)年、東京国立近代美術館蔵

 会田さんは一連の作品を見ながら「明治から戦前は善かれあしかれ国の青春期。近代国家を目指し、スピードを上げ、変革を進めた時代でしたから、美術にもある種の無理が見える」。青木は放浪の末、28歳で病没。萬は、新しい絵画技法を貪欲に取り込んだが、当時の美術家の支持は得られなかった。「青木の人生はばたばたしすぎだし、萬の卒業制作も背伸びしているところがあり、不安定。でも、青臭い魅力がある」

 日本の洋画を開拓した黒田清輝の作品「湖畔」(1897年)も、11日から5月14日まで展示される。「湖畔」は1968年、黒田が描いた「舞妓」(1893年)とともに重文候補に挙がったが、選ばれたのは「舞妓」だけだった。会田さんは「薄塗りの『湖畔』ではなく、コテコテの『舞妓』だったというのがおもしろい。油絵ならば本場ヨーロッパに近いものでなければならぬと当時、選考にあたった人は考えたのでしょう」と背景を想像した。「湖畔」は1999年、ようやく指定された。

黒田清輝「湖畔」1897(明治30)年、東京国立博物館蔵 ※11日から展示

 指定件数は年によってバラつきがある。「明治100年」にあたる1968年前後は指定件数が急増したが、80~90年代はほとんどない。「重文を指定する審議会メンバーの専門分野に左右されたりもするわけで、この会場にあるからといって歴史の太鼓判が押されたものだと思わない方がいい。評価がひっくり返ることは大いにあり得る」

 展覧会を企画した大谷省吾副館長はこう言う。「何をもって『貴重』と見なすか、近代美術は特に難しい」。その理由は3点。制作から時間がたっておらず、本当に価値があるか見極めが難しいから▽西洋と東洋の価値観がひとつの作品に絡み合い、評価軸が複雑だから▽作品そのものが従来の価値観をゆさぶろうとして作られているから――だ。「本展の真のねらいは『なぜ、これが重要文化財なの?』と考えてもらうことです」

 68件のうち、最も近年に制作された作品は、安田靫彦の日本画「黄瀬川陣」(1940/41年)。大谷副館長の話を振り返りながらこの先、どんな作品が指定されると思うか会田さんに尋ねると、「戦前・戦中までの作品で止めた方がいいかもしれない」。戦後の前衛芸術や現代美術はますますランク付けになじまないという考えからだが、簡単に割り切れるものでもないようだ。「戦前からキャリアを継続させて戦後に名作を描く画家もいるわけで、戦争を境に止めるのも変な話。おもしろくも悩ましい、現在進行形のトピックですね」

安田靫彦「黄瀬川陣」1940/41(昭和15/16)年、東京国立近代美術館蔵

 社会を揺さぶる「問題作」を発表してきた会田さんに、本展のサブタイトル(「『問題作』が『傑作』になるまで」)から受けるイメージを聞いた。「近代以降、これは世界的に一般的な傾向です。宿命として、一歩先をやらないと存在価値がないとされるような残酷なところが美術にはある。ここに作品が並ぶ人たちも、少しだけ新しい未来を先取りした。だから、発表時はだいたい不評です」。そういえば、青木の作品は博覧会では3等末席。萬の卒業制作は19人中16番の評価だった。

 東京国立近代美術館には会田さんの作品「美しい旗」(1995年)も収蔵されている。「国からお墨つきを得たと思いましたか?」と聞くと、「美術館に収蔵されたいとか、美術史に残りたいとか、重文に指定されたいといったことは考えません。停滞するこの世をフレッシュにするために少し新しいものを見せたい、というくらい」。名作を残した作家たちが当時、どんな気持ちで制作していたのか、その一端に触れたような気がした。

 ◇8、15日に講演会

 4月8日(土)午後2~3時、大谷省吾・東京国立近代美術館副館長▽4月15日(土)午後2~3時、古田亮・東京芸術大学大学美術館教授。同午後3時半~4時半、舟串彩・永青文庫学芸員。
 会場は東京国立近代美術館地下1階講堂。いずれも参加無料。各回定員140人(先着順)。各日正午より、同館1階インフォメーションカウンターにて整理券を配布。詳細は展覧会公式ウェブサイトで。

 ◇図録やグッズを通販

 会場特設ショップのほか、通販サイト「まいにち書房」(https://www.mainichi.store/)でも公式図録やオリジナルのTシャツなどを販売中。図録は、出品作品はもちろん本展不出品の重文指定品17件を含む全68件のカラー図版と作品解説を収録した充実の一冊。1冊3300円(税込み)。Tシャツは、岸田劉生の「麗子微笑」のデザインなど。1枚4500円(税込み)。いずれも送料別。

PROFILE:

会田誠(あいだ・まこと)さん

美術家。1965年新潟県生まれ。89年に東京芸術大美術学部絵画科油画専攻卒、91年に同大大学院美術研究科修了。美少女や戦争、サラリーマンを題材に、日本社会の真相をあぶり出そうとした作品群は時に強烈で、社会的な論争も呼んだ。

INFORMATION

◇5月14日まで

<会期>5月14日(日)まで。月曜休館(ただし5月1、8日は開館)。入館は午前9時半~午後4時半。金・土曜は午後7時半まで。会期中、一部展示替えあり。
<会場>東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3、地下鉄東西線竹橋駅下車)
<観覧料>一般1800円、大学生1200円、高校生700円、中学生以下無料
<チケット販売場所>同館窓口(当日券のみ)、日時指定券は展覧会公式ウェブサイト(https://jubun2023.jp/)から購入。
<問い合わせ>050・5541・8600(ハローダイヤル)。※新型コロナウイルス感染症予防対策を万全に講じて開催します。詳しくは同館ホームページ(https://www.momat.go.jp/)をご確認ください。
主催 毎日新聞社、東京国立近代美術館、日本経済新聞社
協賛 損害保険ジャパン、大伸社

2023年4月7日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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