高橋由一「鮭」1877年ごろ 東京藝術大学蔵

 ◇問題作が傑作へ、変遷たどる

 「東京国立近代美術館70周年記念展 重要文化財の秘密」が17日から東京国立近代美術館(東京都千代田区)で始まる。重要文化財に指定されている明治以降の絵画・彫刻・工芸51点による豪華な展覧会だ。本展を企画した同館の大谷省吾副館長が見どころを解説する。

 東京国立近代美術館は1952(昭和27)年12月1日に開館し、さきごろ開館70周年を迎えた。本展はこれを記念し、ほぼ同時期の55年から近代美術の指定が始まった重要文化財に焦点を当てるものである。2023年3月現在、重要文化財に指定されている明治以降の絵画・彫刻・工芸は全部で68件だが、本展はそのうち51点を集めた、これまでに類のない展覧会である。とはいえ、ただの名品展ではない。本展は重要文化財イコール名品として手放しで礼賛するのではなく、「なぜ、これが重要文化財なの?」と考えてもらうことを真のねらいとしている。

 重要文化財の指定基準のひとつに「各時代の遺品のうち製作優秀で我が国の文化史上貴重なもの」というのがある。だが「優秀」で「貴重」とする評価の基準は何だろう? 明治以降の美術は、それ以前からの伝統的な美意識と、新たに西洋から伝えられた美術との間でさまざまな葛藤を経ながら展開してきたし、近代美術とは本質的に、それ以前のものの見方を批判的に乗り越えようとしながら新しいものを作り出そうとしてきたから、評価の基準も単純ではないのだ。だから本展のキャッチコピーに“「問題作」が「傑作」になるまで”とあるように、重要文化財に指定された個々の作品が、発表当時はどのような批評を受け、それが時代の変遷とともにどのように評価を変え、そしてどのような理由で重要文化財に指定されるに至ったのかを検証していくと、さまざまな面白いことがわかってくる。以下、主要な作品をいくつかご紹介したい。

横山大観「生々流転」(部分)1923年 東京国立近代美術館蔵

 横山大観「生々流転」は、描かれてから今年でちょうど100年になる。発表された展覧会の初日に関東大震災が起きたが、作品は幸いに救い出された。全長40㍍に及ぶ大作で、重要文化財に指定されたのは67年。描かれてから44年後のことで、史上最速の重要文化財指定作品である。

 この作品と同じ年に、洋画で最初に重要文化財に指定されたのが高橋由一の「鮭」である。この67年とは、翌年が明治100年にあたり、日本中で明治文化の見直しが行われていた時期だった。日本の伝統的な画法では表現できなかった立体感や質感の描写が、西洋からもたらされた技法によって可能となったことへの素直な驚きと喜びが見てとれる。

黒田清輝「湖畔」1897年 東京国立博物館蔵(4月11日から展示)

 この年、やはり明治時代の名品として指定の候補に挙げられながら、選に漏れて保留となったのが黒田清輝「湖畔」と高村光雲「老猿」だった。この2点が重要文化財に指定されるのは、意外にもごく最近、99年のことである。どうして67年当時、選に漏れたのか。99年に指定されたときは、どんな理由だったのか。それらを調べていくと、近代日本美術の評価の基準が時代とともに更新されてきたことが見えてくる。そしてその背景には、近代日本美術史研究の深まりがあることも理解できるだろう。

高村光雲「老猿」1893年 東京国立博物館蔵 Image: TNM Image Archives

 さまざまな価値観が交錯しているからこそ、近代日本美術は面白い。その魅力をぜひご堪能いただきたい。

 ◇音声ガイド、新井さんが初挑戦
 音声ガイドナビゲーターは、ナビゲーター初挑戦のフリーアナウンサー・新井恵理那さん=写真(左)=と、声優・小野大輔さん=同(右)=が務める。貸出料金650円(税込み)。

フリーアナウンサー・新井恵理那さん(左)と、声優・小野大輔さん(右)

 ◇図録 通販サイトでも
 会場特設ショップのほか、本日より通販サイト「まいにち書房」(https://www.mainichi.store/)でも公式図録を予約販売する。出品作品はもちろん本展不出品の重文指定品を含む全68件のカラー図版と作品解説を収録した充実の一冊。発送は22日以降。送料別。図録はA4変型判。1冊3300円(税込み)

公式図録

<会期>3月17日(金)~5月14日(日)。月曜日休館。ただし3月27日、5月1日、8日は開館。入館は午前9時半~午後4時半。金・土曜は午後7時半まで。会期中、一部展示替えあり。
<会場>東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3、地下鉄東西線・竹橋駅下車)
<観覧料>一般1800円、大学生1200円、高校生700円、中学生以下無料
<チケット販売場所>同館窓口(当日券のみ)、日時指定券は展覧会公式ウェブサイト(https://jubun2023.jp/)から購入できる。
<問い合わせ>050・5541・8600(ハローダイヤル)。
※新型コロナウイルス感染症予防対策を万全に講じて開催いたします。詳しくは同館ホームページ(https://www.momat.go.jp/)をご確認ください。最新情報は展覧会公式ウェブサイト等でご確認ください。

主催:毎日新聞社、東京国立近代美術館、日本経済新聞社
協賛:損害保険ジャパン、大伸社

2023年3月15日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

シェアする