作品を見て、解説を読んで、他者の営みを理解し、あるいは心が動く。美術館での慣れ親しんだ体験だ。東京・初台の東京オペラシティアートギャラリーで開かれている泉太郎(1976年生まれ)の個展はまるで違う。泉が仕組んだ壮大な装置はまるで未知のジャングルだ。
国内外で活躍する泉の、東京の美術館では初の個展。まず、コインロッカーから分厚く重い白い布を取り出し、頭からかぶるよう促される。スマートフォンでQRコードを読み取ると女性が10のルールをささやき始めた。「忍び足で」「壁に溶け込んで」とか、「再野生化するのだから」などと言うが、どこまで真に受けてよいのか分からない。うねるカーペットの上を、倒されたモニターやパネルを縫いながら進む。次の部屋に入ると「墓」を作れという。泉が壁に記した指示通り、まとっている布を脱いで裏返し、ペットボトルを使って「墓」を立てた。
それは、一人用のVR作品を体験するため順番を待つためのテントでもある。順番が来ると古墳のようなドームに寝かされ、ヘッドセットを装着。さらにその上から素焼きのマスクをかぶされた。
泉は「ある体験が裏返ったり表になったり。複雑な体験のなかで考えてもらうような展示になった」と話す。作品リストも一筋縄ではいかない。展示室の外にいくつもの陵墓や古墳の形をした部屋があることになっているのだから。何をさせられているのか、見せられているのか分からない。ただ、その状況が妙な集中力を引き出す。その感覚をもっと研ぎ澄ますことができたなら、見えない墓や会場をうろつく墓守、スフィンクスも見えるのかもしれない。VR体験は1人15分程度で、1日に体験できるのは30~50人。時間に余裕を持って来場するのがよい。3月26日まで。
2023年2月15日 毎日新聞・東京夕刊 掲載