イヴ・クライン「空虚への飛翔」1960年 ⒸThe Estate of Yves Klein c/o ADAGP, Paris Photo:ⒸHarry Shunk and Janos Kender J.Paul Getty Trust. The Getty Research Institute, Los Angeles.(2014.R.20)

 (金沢21世紀美術館・3月5日まで)

 1962年に34歳で早世したイヴ・クラインが示した可能性の数々を現代によみがえらせる、野心的な展覧会だ。形も大きさも異なる展示室の集合体である美術館がプリズムとなって、前衛芸術家の作品と活動を読み解く八つのキーワードごとに作家の多面的な魅力をきらめかせる。

 アクション、火、空間、青といったキーワードのいくつかは、クラインと日本の深い結びつきに裏打ちされている。例えば「金」は来日以前から額装の仕事を通じて作家が親しんでいた素材だが日本で金屛風(びょうぶ)を目にしたとも言われ、その輝きは非物質としての色彩という霊感の源となり、単色絵画を発想する契機となったという。

 柔道の有段者でもあったクラインは、その修練を通じて肉体と精神との緊張関係や、空間への意識を学んだとも考えられる。建物の2階から空へと飛び出す有名な写真「空虚への飛翔(ひしょう)」は、会場では柔道の乱取りの渦中で宙を舞う柔道家の姿と並置される。女性の肉体をそのまま型取りしたクラインの絵画は、彼が日本滞在時に知った魚拓や、広島に投下された原爆の放射熱による人影と結びつく。存在の痕跡、生命の影。受け身であること、空虚であること。ネガティブな状態は逆説的にも陰圧ならぬ「陰力」を発揮することにクラインは鋭く反応する。

 若き天才の想像力の発露たる作品が、同時代のルーチョ・フォンタナやグループ・ゼロといった盟友とも呼ぶべき作家たち、そして日本の具体美術協会の作家たちの作品とともに並ぶ。大戦後という時代を生きた芸術家たちが育んだ可能性は、さらに現代の4人の作家へと受け渡される。厳選された作品群は見る者の想像力を刺激し、その総体が今なお汲(く)みつくすことのできないイヴ・クラインの創造性を証し立てる。

 展覧会カタログの年譜をたどると、空を舞うクラインの姿は宇宙へ進出しようとする人類のネガでもあったと気づく。米ソの宇宙開発競争は冷戦を背景にしたものだ。クラインの短い生涯は核戦争の恐怖が現実味を帯びていた時代と重なっていた。人類が月へと到達したとき、すでにクラインはこの世の人ではなかったが、彼の想像力は月よりもはるか遠くへと及んでいたはずである。

INFORMATION

金沢21世紀美術館

金沢市広坂1の2の1

2023年2月8日 毎日新聞・大阪夕刊 掲載

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