「不思議な力」シリーズの一部

【展覧会】野口里佳「不思議な力」台所と宇宙結ぶ視線

文:平林由梨(毎日新聞記者)

写真

 見えない物理現象や、小さな虫などの営みを野口里佳(1971年生まれ)が写すとそれがまさしく「不思議な力」として見る人を揺さぶる。見慣れた世界を異化するまなざしは超然としているが温かい。

 東京・目黒の東京都写真美術館には、最新作の「ヤシの木」からその名を知らしめた95年の「潜る人」シリーズまで50点が並ぶ。そこには一貫して不思議な力としか言いようのないものが写っている。2014年に発表し、本展タイトルにもなった「不思議な力」シリーズは自宅の台所で撮影した。コースターが張りついた逆さのグラス、スプーンから落ちるハチミツ、プリズム――。こうしたものを接写し、表面張力を、重力を、光が持つ色を可視化した。ちょっとした実験で、台所と宇宙を結びつけた。亡くなった父親から譲り受けたネガを現像した「父のアルバム」シリーズは、人が写真を撮影する不思議や、写真が時を超えて人を幸福にする力を持つことを伝える。

斜めの壁を設置した展示室。手前4点は「父のアルバム」シリーズの一部

 野口がユニークなのは、身近なモチーフにとどまらず、めったに起こらない現象をつかみに外へと出ていく点だろう。川を泳ぐ魚が水上を飛ぶ一瞬を、クジャクが空を舞う瞬間を、体を張って写す。小さな羽虫や風に吹かれるアオムシのダンスのような動きに焦点を合わせた映像同様、人間中心の世界に一石を投じる奇跡のような瞬間が写る。

 野口は、写真を撮ることは「ここにいて、どこまで遠くにいけるか」の試みだと語り、同館の石田哲朗学芸員は「その写真は明るく、前向きに、見る人の想像力を喚起する」と言う。会場も野口自らが構成。正方形の展示室に斜めの壁をしつらえ、展示点数は最小限に絞った。導かれるように不思議な力に出合っていく、物語のような展覧会でもある。22日まで。

2023年1月18日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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