線と面によって構成する桃紅さんの作品=Highrise磯見利彦撮影

【展覧会】「篠田桃紅展」血の通った抽象表現

文:平林由梨(毎日新聞記者)

 前衛書から墨による抽象表現へと向かったパイオニアで昨年3月に107歳で亡くなった篠田桃紅さん。画業を振り返る回顧展が東京・初台の東京オペラシティアートギャラリーで開かれている。

 父親の手ほどきで書に親しむようになった桃紅さんは20代前半で家を出て、書を教えた。次第に書道にとらわれない表現を目指すようになり、1956年には単身でニューヨークへと渡る。本場の抽象表現主義の画家らと交流を重ね、墨を用いた美術家として欧米でいち早く評価を得た。帰国後は団体やグループとは距離を置き、孤高の境地で墨と向き合った。

2メートルを超える大作も少なくない=Highrise磯見利彦撮影

 今回は、初期の前衛書や晩年に筆を走らせた和歌など、これまでの回顧展ではあまり焦点が当たらなかった作品にも厚みを持たせた。同ギャラリーの福士理学芸課長は「『書くこと』と『描くこと』両方を見ることで桃紅さんが追い求めていたことが総体として理解できる」と語る。スライドショーでは丹下健三らモダニズム建築家と取り組んだスケールの大きな仕事も紹介する。

 とはいえ、やはり見どころは帰国後に手がけた強く骨太な抽象画の数々だろう。色数は少なく、主に墨の黒と金、銀、朱色。和紙の他、カンバスに描いたものもある。桃紅さんは生前、「抽象表現は、自由なようでいて、内的な制約はかえって強い」と語った。太い線と面による構成にはグラフィックデザインに通じる厳しさがただよう。しかし時折、愛好した能のモチーフが顔をのぞかせたり、墨特有のにじみや濃淡が優しい表情を見せたりもする。いわゆるミニマリズムとは一線を画す「血の通った抽象表現」(福士課長)が体感できる。22日まで。一方、東京・虎ノ門の菊池寛実記念智美術館では18日~8月28日、「篠田桃紅 夢の浮橋」が開かれる予定。

2022年6月1日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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