長い歴史をもつ「蒔絵(まきえ)」が複雑多彩な表現を獲得し、技法として爛熟(らんじゅく)の極みに達した時代が、本作の登場した舞台である。ところが本作は漆と金、螺鈿(らでん)と鉛板のシンプルな色面で構成されており、その理知的な造形は蒔絵が追い求めてきた「豪華さ」とは別の地平にある。
一方で漆塗りの部分は高い熟練を要する塗立て(研磨しない塗り方)で仕上げており、蒔絵の線は揺るぎなく、流麗かつ力強い。塗師も蒔絵師も一級の技術者が関わっていたことは間違いなかろう。デザインと技術にこそ心血を注ぐ美意識は、都市の洗練された富裕層らしい矜持(きょうじ)にも見える。
2022年10月26日 毎日新聞・東京版 掲載