フェルナンド・ボテロ「モナ・リザの横顔」2020年 油彩/カンヴァス

 かの有名な「モナ・リザ」から、食卓のオレンジまで。すべてがふっくらと、いや、はち切れんばかりにふくらんでいる。卒寿を迎えたコロンビア出身の芸術家、フェルナンド・ボテロ。一目でそれとわかるユニークな造形は、見る者の気持ちもふくらませ、弾ませる。日本では四半世紀ぶりとなる絵画展が、京都市京セラ美術館(京都市左京区)で開かれている。

 ボテロはアンデス山中の都市メデジンで生まれた。20歳で渡欧し、独学でヨーロッパ絵画を学んだ後、メキシコ芸術と出合い、ルーツであるラテンアメリカ世界にも目を向けていく。1963年、ニューヨークのメトロポリタン美術館で「モナ・リザ」が展示された際、「12歳のモナ・リザ」と題したボテロ作品がニューヨーク近代美術館で展示され、一躍有名に。以来、唯一無二の絵画や彫刻が世界各地で人気を博してきた。

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第2章「静物」の展示。右が「洋梨」(1976年)

 本展は6章構成。第2章以降はボテロ自身が監修した。その巻頭を飾るテーマは「静物」。ふくよかな人物画が有名だが、画風の原点は静物画にある。56年のある日、マンドリンを描いていたボテロは、ボディーにある穴をとても小さく描いてみた。すると楽器本体が膨張し、巨大に見えた――。この発見が独自の様式の出発点となった。

 「静物画にボテロのすべてが詰まっている」と言うのは、本展の学芸協力を担った三谷理華・女子美術大教授。「『私は静物画を描くように人物も描きたい』と本人が述べている通り、ボテロは色や形の表現に注力したいと考えており、それが最もしやすいのが静物画なのです」。中でも「洋梨」(76年)の量感は圧倒的だ。大きな画面いっぱいにどっしりと腰を下ろす洋梨は、現実にはあり得ないサイズなのに、甘い香りが漂ってきそうなみずみずしさ。小さなかじり跡と幼虫は、この果物が熟れきっていることを教えてくれる。生のむなしさを示すヨーロッパ絵画の「ヴァニタス」を想起させるが、本人は「意味」を語ることはしないという。三谷教授は「それがボテロ絵画の面白いところです」と指摘する。「小技が効いていて、見る側が勝手に妄想してしまうのです」

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 展示を締めくくるのは、「バージョンズ」と呼ぶ名画の翻案シリーズ。「芸術とは、同じことを述べていても、異なる方法で表す可能性である」と考えるボテロによって、過去の巨匠たちの名作が、ゆるぎないオリジナル作品に生まれ変わっている。「モナ・リザの横顔」(2020年)は、世界初公開の作品。人物のボリュームはもちろん、完全に横を向いた姿勢や風景など、何もかもが違っている。しかし、口元はあの微笑であり、描かれているのはやはりあの女性なのだとわかる。

 80~90年代、相次いで日本に紹介されたボテロ絵画だが、今回は26年ぶりの展覧会。「この間『売れている画家』というだけでなく、現代のアートシーンを作る中で、具象画の流れをきちんと継承しているという評価が固まってきた」と三谷教授。ボテロ本人は「偉大な絵画は人生に対し肯定的な態度を示している」と語り、アートの主たる目的は喜びを生み出すことだという信念を貫く。長引くコロナ禍で落ち込む人々の気持ちを、無条件に引き上げてくれる展覧会でもある。12月11日まで。月曜休館。キョードーインフォメーション(0570・200・888)。

2022年10月26日 毎日新聞・大阪夕刊 掲載

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