美術作家、飯山由貴(1988年生まれ)の映像作品は、社会への問いに満ちている。満ちて、こぼれそうなほどだ。そんな切実な問いを重ねた作品が東京の2カ所で展示されている。
一つ目は、DV(ドメスティックバイオレンス)への問い。16人の作家が参加する六本木・森美術館「地球がまわる音を聴く」展(11月6日まで)で、奥まった空間を使って展示している。
「家父長制を食べる」(2022年)の冒頭、マーガレット・アトウッドの小説『誓願』の一節が引かれる。登場人物が、男性の形をしたパンを焼いて食べることで力を得たと語るように、かつてパートナーからDVを受けた飯山も、等身大の巨大なパンを焼く。そして、力任せにちぎり、そしゃくし、何とかのみ込もうともがく。クローズアップされた口元からは、作家の意思と葛藤が浮かぶ。
被害者と加害者、支援者のインタビュー映像もあり、外からは見えにくい加害者の思考や、社会的背景に迫ろうとする。そういえば、カーペットが敷かれた展示室は小さな「部屋」のようで、暴力が生じる親密な空間も想起させる。
もう一つは、旧作を展示した港区の東京都人権プラザの企画展(11月30日まで)。精神障害のある妹と共に制作した映像作品と、精神科病院や患者の語りについて歴史的に振り返る映像などで構成されている。
作家は「あなたの本当の家を探しにいく」(13年)で、「本当の家」を探そうとする妹と自分の頭にカメラを付けて一緒に夜の住宅街を歩き、翌年の作品では、妹が「見える、聞こえる」と言う世界を家族で再現してみる。「あなた」と「私」の間にはズレがあり、「あなたの~」でカメラが映す二つの光景のように、近づいたり離れたりしながら2人は歩んでいく。
他者の心のうちは容易に分からない。それでも作家はあなたの世界を描こうとし、私の世界を表そうとする。見えない世界を視覚化し描き出そうとする行為はやはり、アートの営みに違いない。
2022年10月12日 毎日新聞・東京夕刊 掲載