川田知志による本展出品作品の制作風景

【展覧会】
うつしのまなざし
時をも模写 現代の壁画

文:小林公(ただし)(兵庫県立美術館学芸員)

現代美術

 (京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA・11月6日まで)

 今日、建築と分かちがたく結びついた壁画は堅牢(けんろう)であるがゆえに鈍重で、不自由で時代遅れにも見える。川田知志(さとし)は、そんな壁画のために発明されたフレスコ画の技法を用いて制作をつづける作家である。

 京都市立芸術大学には明治時代から伝わる絵手本や粉本類が数多く収蔵されており、それらの資料を活用した展覧会が定期的に開催されてきた。今展では川田が入江波光、林司馬(しめ)、岩井弘、岩倉壽(ひさし)、木下章(あきら)、宮本道夫らによる東西の古画の模写と向き合い、うつし=模写をテーマとする特異な絵画空間を生み出している。

 1階では14世紀のイタリアの画家トマソ・ダ・モデナのフレスコ画「聖オルソラ物語」の模写が、小さな額1点の他、自立する六つのパネル上に展示され、それを取り囲むように不定形の、壁画の断片とも、くりぬかれた線描とも言えそうな川田の作品が四つの壁面を縦横に漂う。人物の髪や、目の周囲を拡大したように見えるそれらは、実際、1階に並ぶ先人による模写の細部を写し取ったもので、会期中に加筆され、展示内容も更新されるという。

 2階の展示室では「女史箴(じょししん)図巻」の模写と、それを写し取った川田の矩形(くけい)の作品が向かい合う。二つの作品の間に映し出される映像は川田の制作の様子を映したもので、彼がイメージを断片化し、再構成することを制作の基点としていることをよく示している。この川田の態度は、同じ室内で模写の実作が紹介される入江の言葉「一切の自分を捨てて、原画を描いた作者の気持ちになり切ってしまってやってこそ、ほんとの意味の模写は出来る」と鋭く対立するかに見える。

 しかし、2階の廊下に並ぶ、風化によって所々絵の具が失われ、元の絵柄が判然としなくなりつつある様子をそのまま緻密に写し取ろうとした法隆寺金堂壁画の模写などを見ていく中で、模写に秘められた別の可能性にも気づかされる。壁画は恒久的なものであることを望まれながら、時の作用によって失われていく運命を逃れることはない。そうした絵画の条件を含めて川田が「作者」と見なしているとしたら。時に矩形におさまり、時にその枠をほどかれ空間へと解き放たれる川田の作品は、絵画の歴史に向き合った先人への優れた応答であり、現代の壁画のひとつのあり方を示している。

 ★ギャラリー@KCUA 京都市中京区押油小路町238の1

2022年10月5日 毎日新聞・大阪夕刊 掲載

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