白描画のどこか素朴な姫君たち。室町時代の「新蔵人物語絵巻」を見ていくと、頭をそり簡素な衣服を着た人物に目が留まる。女性は成仏できないとされたため、出家して修行し、「変成男子(へんじょうなんし)」になろうとした貴族の娘の姿だ。前の場面では、妹が「男になって走り、歩きたい」と訴え、その後、妹は男装して宮中に出仕することになる。
なぜ人は異性の姿を装うのか、その姿に人はどのようなまなざしを向けるのか。本展は、古事記に登場する女装したヤマトタケルの人形から始まり、ドラァグクイーンによるダンスパーティー「DIAMONDS ARE FOREVER」メンバーによるめくるめくインスタレーションまで、絵画や資料に表れる「異性装」から、日本の文化や社会を読み解いていく。
異性装が表されるとき、作者の心情が反映されることもあったろう。冒頭の「新蔵人物語絵巻」は素人の手によると見られるが、描き手が女性なら、物語上の必然性だけでなく、心の奥底に秘めた思いがあったのでは、と考えたくなる。
西洋と比べて、日本では宗教的禁忌がなかったことなどから、異性装の豊かな営みがあったという。歌舞伎などの芸能や祭事では性別を超えて装い、さらに、その姿は浮世絵などに描き表された。研究者の三橋順子氏いわく、装い「性を重ねる」ことで、普段とは異なる力を発揮できると考えられたようだ。
非日常の世界においては受け入れられた異性装も、日常生活では排除され、特に女性は厳しく取り締まられた。明治の一時期は男女共に刑罰の対象にもなったが、昭和初期に活動した塩原温泉の女装芸者「清ちゃん」のブロマイド風写真からは、依然人々が向けた熱い視線が伝わる。
三橋氏によれば、異性装の芸能者を描いた絵画が多く残るのは日本だけだという。美術館で異性装を取り上げる理由もここにあるのだろう。
全体的には作品そのものよりも、文化史的側面に関心が向く展示だった。東京・渋谷区立松濤美術館で10月30日まで。
2022年9月14日 毎日新聞・東京夕刊 掲載