ロシア出身で米国に留学するアーティスト、エカテリーナ・ムロムツェワ(1990年生まれ)が描いた水彩画11点を紹介する個展が東京・代官山のアートフロントギャラリー(03・3476・4869)で開かれている。28日まで。

エカテリーナ・ムロムツェワ ⒸEkaterina Muromtseva

 本展は、「Women in Black」と「Take Lee Down」の2シリーズからなる。深い藍色が使われ、ところどころたっぷりと水を含んだ絵の具が淡くにじむ。ムロムツェワにとって、絵の具がどこへ流れていくか注視する行為は瞑想(めいそう)に近いという。

 現代社会の「抗議」の様子を描いた。前者は、ロシア国内で、黒い服を着て白い花などを持ち、ウクライナ侵攻反対を訴える女性らの姿。反戦デモが弾圧されるロシアで、各地の女性はこうした姿をSNSに次々とアップした。「戦争」という言葉は使うことが禁じられているため「*」に置き換えたり、何も書かないプラカードを持ったりし、したたかに平和を訴える。

「Women in Black」シリーズの展示風景=野口浩史撮影(Courtesy Art Front Gallery)、アートフロントギャラリー提供

 この行動を知ったムロムツェワは4~6月、シリーズ計23点を一気に描いた(展示はその一部)。メールで取材すると「あらゆる圧力下でも声を上げることは可能だという信念を彼女らと共有する。可能な限りの方法で戦争に抗議する勇気を持つ全ての人と連帯するために制作した」と応えた。ムロムツェワによると、ロシアでは、反戦メッセージを記した紙幣を買い物の時に使ったり、壊滅的な経済状況について要約した文章をスーパーの値札と差し替えたりする「静かな」抗議行動が今でも行われているという。しかし、そうした行為によって逮捕される活動家もいる。作品から表情を読み取ることはできない。それは、匿名化することが彼女らの身の安全を守ることも示唆する。

Take Lee Down」シリーズの展示風景

 もう一つの「抗議」を描いた後者のシリーズは、ムロムツェワが滞在する米バージニア州リッチモンドで昨年、実際にあった出来事がモチーフとなっている。「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大事だ)」運動が全米各地で広がる中、南北戦争時の南軍司令官だったリー将軍像が、黒人差別の象徴として、撤去されたのだ。「現実の歴史を生きていると、血に飢えた政治家によって予期せず人生が破壊されるということを経験する。一方で、わたしたちは不正に抗議することで歴史に影響を与えることもできる」。展覧会名に込めた思いを尋ねるとムロムツェワはそう回答してくれた。

 「Women in Black」の販売収益は、ムロムツェワの意向でウクライナ避難民支援のために寄付される。

2022年8月24日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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