20世紀の女性の装いを変えたとされるデザイナー、ガブリエル・シャネル(1883~1971年)を回顧する展覧会が東京・丸の内の三菱一号館美術館で開かれている。9月25日まで。シャネルの前衛的な姿を印象づける本展は、2020年に仏ガリエラ宮パリ市立モード美術館から始まった世界巡回展で、三菱一号館美術館では、漆黒の空間が作品を引き立てていた。
シャネルは、型にはまった女性らしさの表現に追随する服作りはしなかった。その姿勢を象徴するのが「リトルブラックドレス」だろう。例えば1930年代に制作したイブニングドレス。それまでのドレスには使われなかった無地で光沢のない黒い布は「喪服を連想させる」と批判も集めた。しかし、グラフィカルなカッティングが強調され、どの時代にも属さない個性を宿すドレスになった。また、単色のシンプルでミニマルなドレスやケープには手の込んだステッチやカッティングを施し、単なる「着やすい服」にとどまらないラグジュアリーなフォルムを実現させた。
そぎ落とすことで、造形的な純粋性を追究したシャネルの美意識は、21年に送り出した香水「NO5」の容器に端的に表れていた。小さなラベルを貼った真四角の瓶。装飾的なガラス瓶が主流だった当時としてはかなり革新的だっただろう。「取り除くことが必要で、決して付け足さないこと」(57年)。本人の言葉どおりだ。
70歳を超えたシャネルは、裏地を省いたり、腰の出っ張りにひっかけてはけるスカートを考案したりと、スーツにおける着心地の良さを追究した。ストイックな単色遣いから一転、ツイードのやわらかなピンク色が印象的だ。厳粛な哲学を感じさせる抑制的な衣服とは対照的に、ジュエリーデザインでは星や太陽、羽根やクロスといった大ぶりなモチーフを大胆に取り入れた。そこでは、直観的な組み合わせを楽しむシャネルの姿が目に浮かんだ。
2022年8月17日 毎日新聞・東京夕刊 掲載