杉本博司《光学硝子五輪塔 相模湾、海光》2012/2011年

 (書写山円教寺常行堂・8月31日まで)
 ロープウエーに乗ればほんの数分で聖域へとたどり着く。古来、参拝者を集める巡礼の地、書写山円教寺(兵庫県姫路市)の境内にある常行堂がこの度の展覧会の会場である。室町時代に上棟された常行堂は、かつて90日間にわたって本尊の阿弥陀(あみだ)如来の御名(おんな)を唱えながらその周りを歩きつづける修行が行われた道場で、通常は非公開、本尊の阿弥陀如来坐像とともに重要文化財に指定されている。

 杉本博司は写真をその原理から再解釈しながら、時間や歴史、人間の意識をテーマとしてきた。今回は円教寺の中でも特別なこの場所に、ささやかな介入を行うことで類いまれな展覧会を実現した。堂内の元の様子と異なるのは、阿弥陀如来の座す位置が少し前進したこと。そして杉本の作品である光学硝子(がらす)五輪塔18点が本尊の周囲に配されたことである。

 背後にある来迎図(らいごうず)にも鑑賞者の眼が触れるように本尊を動かしたところ、像が前進してお堂の中心に座すようになり、本尊の周囲を巡る修行の永遠にも似た時間感覚がより際立ったという。五輪塔は密教に由来し、世界の構成要素である地水火風空を、四角、円、三角、半月、宝珠の形で表わしたもの。杉本はこれを透明度の高い硝子で再現し、その水の部分に世界中の海を写した自作を封じ込めた。水平線に向けられたレンズは古来変わらぬ景色を捉えようとしたものであり、作家一人の人生に照らしても40年を超える時間を包み込む連作である。

 堂内からは余計なものが排されているので、一見すると取りつく島がないが、五輪塔の導きで何度か阿弥陀如来の周りを巡るうち、そこで多くのことが語られていることに気づくだろう。500年以上前に建てられた堂内が意想外に明るく、御仏(みほとけ)の姿が自然光によって神々しく照らされていること。五輪塔を覗(のぞ)き込むと、そこに堂外の緑陰が鮮やかに映り込むこと。かくして意識は堂外の、それまでにあなたが目にしてきた数々の景色を引き寄せる。かつてベンヤミンは、写真や映画といった複製技術の出現を踏まえて、芸術の礼拝価値と展示価値とを対極的に論じたが、杉本の試みはこの20世紀を代表する議論を静かに止揚してみせた。

2022年7月13日 毎日新聞・大阪夕刊 掲載

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