評伝集『続近世畸人伝』に「生涯酔っているのかさめているのか計り知れない人」と記された江戸中期の画家、建部凌岱(たけべりょうたい)(1719~74年)。多才でドラマチックな人生を送った凌岱の画業をたどる、本格的展覧会が東京・板橋区立美術館で開催中だ。
読本『本朝水滸伝』を著した建部綾足(あやたり)の名の方が有名かもしれない。俳人、歌人、国学者としても知られ、画譜(絵手本)をはじめ多数の出版物によって評判を上げた人物だ。花鳥画の画家として名を残したものの、制作年が不明な作品が多く、美術の分野では研究が進んでいなかったという。
弘前藩の家老の次男として生まれたにもかかわらず、20歳で脱藩。兄嫁と不義密通のうわさがあったという。出家し還俗(げんぞく)、結婚後にもうけた1児は、4歳で失った。
俳画から絵にも打ち込むようになった。波瀾(はらん)万丈な生涯だが、画風は軽妙で穏やか。形をさっと捉え、水分を多く含んだ筆で色を置いていく。長崎で南蘋(なんぴん)風の花鳥画を学んでも、濃厚緻密路線に進みそうで進まなかった。それに、同じ叭々鳥(ははちょう)を描いても沈南蘋(しんなんぴん)のそれとは目つきが違う。とぼけたような戯画的な味わいがあるのだ。代表作の一つ、海の魚を描いた屛風絵(びょうぶえ)「海錯図」は博物図譜のようでありながら、見えない海を泳ぐような躍動感がある。特に脱力したようなエイの〝顔〟は見ものだ。
南蘋派の影響を受けるなど、若冲ら同時代の画家と同様の志向を持つが、軽やかなしゃれっ気がある。この凌岱風味について、担当学芸員の植松有希さんは「俳諧と結びついた諧謔(かいぎゃく)がある」と説明する。
「芭蕉(ばしょう)と葉鶏頭図」は不思議な魅力をたたえる一幅。黒々とした破(やれ)芭蕉の下に、かすかに赤色をとどめる鶏頭が描かれている。生涯酔っていたと言われた凌岱も、心に冷えたものを抱えていたのかと思わせる幻想性がある。17日まで。
2022年4月6日 毎日新聞・東京夕刊 掲載