「没後50年 鏑木清方展」が18日から東京国立近代美術館(東京都千代田区)で始まる。日本画の巨匠、鏑木(かぶらき)清方(きよかた)が描いた109件の作品を紹介する大規模な回顧展だ。本展を企画した鶴見香織・同館主任研究員が本展のみどころを解説する。

 皆さんは「西の松園、東の清方」というフレーズを聞いたことがあるだろうか。美人画で名を馳(は)せた二人の日本画家、京都の上村松園(1875~1949年)と、東京の鏑木清方(1878~1972年)を並び称する言葉だ。しかし、同じく女性を描いても、両者の個性はまったく異なる。

 もっとも大きな相違点は、清方には美人画にあてはまらない作品が多いことだろう。近年の研究では、清方が自身に貼られた美人画家というレッテルと闘い、自覚をもって風景画や風俗画、肖像画などに作域を広げていったことが明らかにされつつある。なかでも、大正12(1923)年に起きた関東大震災と昭和への改元を経て、明治時代の風俗というテーマを再発見したことは大きい。また、画巻や画帖など小画面の作品に「卓上芸術」の名を与え、小さく描くことの価値を提唱してもいる。

 このたびの展覧会では、美人画ばかりではなく、こうした多様な仕事を積極的に交え、清方芸術の真の姿に迫る。東京会場ではそれを、「生活をえがく」「物語をえがく」「小さくえがく」の3章構成でお楽しみいただく。

 ここからは、出品作品の一部をご覧に入れよう。まず「築地(つきじ)明石(あかし)町(ちょう)」である。皆さんご承知のとおり、この作品は40年以上にわたって所在不明だったが、令和元(2019)年に東京国立近代美術館に新収蔵された。一緒に新収蔵された「新富町(しんとみちょう)」「浜町(はまちょう)河岸(がし)」と合わせて三部作を、本展では全会期を通じて紹介する。

鏑木清方《築地明石町》1927年 東京国立近代美術館 作品図版はいずれもⒸNemoto Akio

 かつて外国人居留地だった明石町。その明治30(1897)年ごろの朝の景色のなか、ふと振り返る女性はやや疲れをにじませており、まるで当時を自ら振り返っているかのようでもある。知り合いの麗人、江木万世(ませ)(子)というモデルがいたためか、いつもの清方美人の型を超えてどこか生々しさもある。数ある清方作品のなかでも特別な作品だ。

鏑木清方《新富町》1930年 東京国立近代美術館

 3部作の右に配される「新富町」には、新富座の前の通りを傘をさして急ぐ新富芸者が描かれる。左の「浜町河岸」に描かれるのは、踊りの稽古(けいこ)帰りの町娘。背景には隅田川が流れ、明治44(1911)年まで木橋だった新大橋や、関東大震災まで残っていた安宅町の火(ひ)の見やぐらも見える。

鏑木清方《浜町河岸》1930年 東京国立近代美術館

 3部作はいずれも清方の思い出の地の、明治30年ごろを回想した作品だ。年若い順に「浜町河岸」「築地明石町」「新富町」の三者三様によって、女性三態とするのも清方の意図のうちだったろう。

鏑木清方《朝夕安居(朝)》部分 1948年 鎌倉市鏑木清方記念美術館 展示期間=4月3日まで

 つづいては戦後の「朝夕安居(ちょうせきあんきょ)」。明治20(1887)年代の築地界隈(かいわい)の夏の一日を画巻にした作品だ。うち図版は「朝」の場面である。妻は煮豆屋から朝の総菜を買い、夫は配達された新聞を読む。井戸のまわりではご近所さんたちが朝の身支度に忙しい。縦42㌢の小さな画面に、実に細々と生活の手ざわりが写しとられている。

 清方の美人画しか知らないなんてもったいない。市井の人々に共感をもって迎えられる市井の画家を目指した清方は、もっと大きなくくりで人間や生活を見つめた画家だった。清方の真の姿をこの展覧会で発見してもらいたい。

 ◇ナビゲーターは尾上松也さん

 音声ガイドのナビゲーターは、歌舞伎俳優の尾上松也さん=写真=が担当する。松也さんは「清方が描く場所は、私にとっても故郷です。作品を通じて安らぎや懐かしさを感じていただけたら」と語る。貸出料金600円(税込み)。

 ◇図録予約受け付け中

 会場特設ショップのほか、本日より通販サイト「まいにち書房」(https://www.mainichi.store/)でも公式図録を予約販売する。全出品作品と多数の論文、コラムを収録した没後50年の節目にふさわしい決定版の一冊。発送は18日以降。送料別。図録はA4変型判。1冊2800円(税込み)。

INFORMATION

5月8日まで開催

<会期>
3月18日(金)~5月8日(日)。月曜日休館。
ただし3月21日、28日、5月2日は開館、3月22日は休館。
入館は午前9時半~午後4時半。金・土曜は午後7時半まで。会期中、一部展示替えあり。

<会場>
東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3、地下鉄東西線・竹橋駅下車徒歩3分)

<観覧料>
一般1800円、大学生1200円、高校生700円、中学生以下無料(全て税込み)

<チケット販売場所>
同館窓口(当日券のみ)、お得な音声ガイド付きチケットほか、日時指定券は展覧会公式ウェブサイト(https://kiyokata2022.jp/)から購入できる。

<問い合わせ>
050・5541・8600(ハローダイヤル)

 ※新型コロナウイルス感染症予防対策を万全に講じて開催いたします。詳しくは同館ホームページ(https://www.momat.go.jp/)をご確認ください。感染拡大状況に応じて、開催内容を変更する場合があります。最新情報は展覧会公式ウェブサイト等でご確認ください。

主催:毎日新聞社、東京国立近代美術館、NHK、NHKプロモーション
協賛:損害保険ジャパン、DNP大日本印刷
 ※本展は5月27日(金)から京都国立近代美術館に巡回する。

2022年3月16日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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