「実のプサイの部屋」1964年=長野県立美術館提供

【展覧会】
生誕100年 松澤宥
「プサイの部屋」再現も

文:平林由梨(毎日新聞記者)

コンセプチュアルアート

 コンセプチュアル・アートの先駆者、松澤宥(ゆたか)(1922~2006年)の回顧展が出生地、長野県の県立美術館で開かれている。21日まで。

 初期の詩や絵画、立体作品の展示に始まり、「オブジェを消せ」という天啓をきっかけにそれらが印刷された言葉、真っ白な紙、何もない空間へと変化していく様を時系列にそって見せる。そして白いスーツ姿で朗読し、「人類よ消滅しよう」と大書したのぼりと共にパフォーマンスする、よく知られた松澤像が現れる。

 松澤は早稲田大で建築を学んだ後、米国へ留学。その後、生まれ育った下諏訪を拠点とし、そこから国内外の前衛シーンとつながりを持ち続けた。コミューンを作り、フリーパーティーを催し、今でこそ一般的になったコレクティブ活動を国境を越えて呼びかけた。そして実際に多くのアーティストが下諏訪を訪れた。英国を代表するアーティスト、ギルバート&ジョージと自邸のこたつですしを食べる写真も残る。

「プサイの祭壇」(1961年)の展示風景。プサイはギリシャ文字のひとつ「ψ」。松澤の作品には生涯にわたりプサイが登場する

 定年まで定時制高校で数学を教えた。73年には赤瀬川原平や菊畑茂久馬が教壇に立った伝説の私塾「美学校」の諏訪分校を設立。「マンダラ・密教」「観念・観念合成法」「未来学・終末論」といったテーマで講義した。

 瀧口修造や同郷の草間彌生らが足を運んだ伝説的な自邸のアトリエ「プサイの部屋」の再現は見どころ。おびただしいオブジェに埋め尽くされた、うすぐらいかつての蚕室の異様な雰囲気が伝わる。生誕100年を機に調査が進んだ。同館の木内真由美・主査学芸員は「アトリエから膨大な写真や手紙が見つかった。松澤美術の全体像に迫る機会となった」。特設サイト(matsuzawayutaka.jp)は平易な言葉でその人物像に迫っており充実している。

2022年3月16日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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