言葉が通じない米国での個展開催を経て制作された「Sign Language」(1996年、2010年)

 時代に先駆けたフェミニズム作品で再評価が進む福岡市在住の美術家、田部光子さん(89)の初の本格的回顧展。福岡発の前衛芸術家集団「九州派」(1957~68年)時代から近年の作まで計64点が並ぶ。これまで作品集などにも収録されなかった70~80年代の作品も展示されている。

 労働者や黒人、被支配者らへの共感を示した「プラカード」(61年)や、妊娠からの女性解放をうたったオブジェ「人工胎盤」シリーズ(61年、2004年)など、常に同時代の事件や社会問題に関心を寄せ、生活者の視点で創作のテーマとしてきた。田部作品が強い訴求力を持つのは、体験に基づいた等身大の考えを表明しているからだろう。

 68年の九州派のテーマ展「セックス博物館」では、会期中、虹色のペニス状のひもをミシンで縫い続けるパフォーマンスを披露。終わりなき家事労働に焦点を当てた先駆的な創作だった。大きな鏡2枚を使った「セックス博物館」は、着衣の男性と裸体の女性が抱き合っている姿と、乳房から赤い液体を搾る頭部のない女性が描かれ、従来の美術作品での男女の表象の違いや、女性の苦難を提示した。これらは、描かれる性を問い直す田部さんの70~80年代の作品群や88年の「主婦定年退職宣言」へとつながっていく。

「セックス博物館」(1968年)。右上の写真はミシンによる田部さんのパフォーマンスの模様

 全体を貫くのは、あくなき探求心だ。一つの作風にとどまらず、技法の開拓にも余念がない。さらに90年代には活躍の場を海外にも広げた。言葉が通じない米国での経験から視覚芸術の可能性を感じて制作された「Sign Language」(手話)シリーズは「弱者(フラジャイル)な者こそ、ラジカルなエネルギーを持っている」(作品集『田部光子 Recent Works』)との考えの表明でもあった。好奇心とエネルギーに満ちた作家の生き方を体感できる。福岡市中央区の福岡市美術館で、21日まで。

2022年3月9日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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