「100の妖怪」の展示風景

【展覧会】ホー・ツーニェン 百鬼夜行変化自在、怪異な歴史

文:高橋咲子(毎日新聞記者)

現代美術

 歴史は変化自在だ。別の国、別の時代、別の人が語れば、姿は変わる。ホー・ツーニェンの展示に繰り返し登場する変容のイメージが、それを教えてくれる。

 1976年、シンガポール生まれ。「あいちトリエンナーレ2019」では、特攻隊を扱った「旅館アポリア」で話題となったが、本展でも日本の近現代史からアジアを見つめようとする。

 とはいえ、ちっとも堅苦しくない。なにせ最初に登場するのが妖怪だからだ。アニメーションを用いた「100の妖怪」には、海坊主や唐傘から、第二次大戦中「マレーの虎」と恐れられた山下奉文大将まで絵巻のように妖怪が次々と現れる。手前には眠る人が映し出されるスクリーンがあり、スクリーン上で妖怪も眠る人も姿を変えていく。

 中国発祥の妖怪も〝日本仕様〟になるように、戦争中に暗躍したスパイたちも現地で僧侶や料理人に化けた。「1人もしくは2人のスパイ」では、アニメーションや実写を織り交ぜながら、〝アジアの解放〟に取りつかれたスパイ活動史をひもとく。古来日本で描かれてきたトラのイメージがめくるめく登場するのは「1人もしくは2人の虎」。アジア全域に生息していたトラはホーの作品でおなじみだ。

ホー・ツーニェン「百鬼夜行」(2021)ⒸHo Tzu Nyen Photo:Tololo Studio

 英国や日本の支配を受け、65年に独立した母国。制作の核には自身を形作った歴史への関心がある。半透明のスクリーンを用いたり、裏表に映像を投写したりと、巧みに映像を駆使して矛盾に満ちたアジアの歴史や文化を照らす。

 妖怪に導かれて歴史を見れば、歴史だって妖怪伝説のように思えてならない。妖怪博士・井上円了が、妖怪話の背景にある事件やゴシップを明らかにしたように、事実に幻影を見、史実から怪異な歴史を編み出すのも私たち自身なのだ。愛知県・豊田市美術館で2022年1月23日まで。

2021年12月22日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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