松江泰治(1963年生まれ)が本展で差し出すのは、細部から成る、ある場所のまるごとの姿だ。
本展で紹介するのは原則、撮影地の都市コードを付けた「CC」と、都市の模型を写した「マキエタ」の二つのシリーズ。両者とも隅々までピントが合い、全てが等価で平面的な、高精細の画面だ。これまでも、影が生じない順光で撮影し、画面には空や地平線を含めないという原則の下、制作してきたという。
一見素っ気ないにもかかわらず、画面に引き込まれる。まず、展示室ではどちらのシリーズかは明示されない。また、都市は細部まで具体的に描写されるが、匿名的でもある。ランドマーク的な場所は避けられているし、3文字の都市コードを見ても判然としない。建物の色、屋根の形、屋上の洗濯物、高速道路の車列。模型か実景か、どこの場所なのか、混乱のなか必死に見つめることになる。
実景も模型も人の営みの集合体と言えるが、特に模型はその街の人を感じさせる。エクアドルの博物館で出合った首都キトの模型は、〝番人のおじさん〟が作ったもの。東京都心の模型は超絶的に精巧だが、地面を走る断裂にぎょっとする。模型がふいに見せるほころびは実に人間くさい。
ワルシャワの模型はポーランド侵攻直前の39年の姿だと聞けば、マキエタには模型が表す時、作られた時、撮影した時と三つの時が重ねられていることにも気づく。CCと展示されているからこそ、写真がはらむ時間と「今」の関係について考え、CCの動画版からも時間を想像する。
本展には巨大なパノラマ写真もあるが、高解像度で描写された細部と全体を一度に見ることは、例えばモニターの画面では難しい。展示室での鑑賞も写真ならではの体験だ。東京・恵比寿の東京都写真美術館で2022年1月23日まで。
2021年12月8日 毎日新聞・東京夕刊 掲載