NUNOのテキスタイルを張ったこいのぼりと須藤玲子さん=水戸市の水戸芸術館現代美術ギャラリーで、平林由梨撮影

 ◇須藤玲子(すどう・れいこ)さん

 40年間にわたって先駆的なテキスタイル(布地)をデザインし、人々の心をつかんできた須藤玲子さん(70)。テキスタイルメーカー「NUNO」を率い、全国の工場を飛び回る。職人技と機械による大量生産を両立させる仕事には、目指すべきものづくりのヒントも詰まっていた。

 ニューヨークのメトロポリタン美術館をはじめ海外のそうそうたる施設がNUNOの作品を収蔵し、個展のオファーは絶えない。ところが国内で仕事の全貌に触れられる機会はこれまでほとんどなかった。2019年、香港の美術館「CHAT(チャット)」が「須藤玲子:NUNOの布づくり」展を企画。その巡回展がいま、故郷・茨城県の水戸芸術館で開かれている。「もう胸がいっぱいです」。古巣に凱旋(がいせん)できた喜びをにじませる。

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 10畳の和室にずらりと並ぶ色とりどりの反物。水戸の祖父宅には呉服屋や行商がよく来たという。「いつかこんなきれいな布を作りたい」。大人の肩越しにのぞいた原風景だ。

 県立土浦第二高に進学した春、母としさんが画廊である絵にひと目ぼれする。茨城を代表する画家、小林恒岳さんの抽象的な日本画だった。須藤さんはとしさんに言われるがまま、自宅と高校の中間にあった小林さん宅へ通うようになる。「そこでいろいろ吸収してほしかったんでしょう」

 「何がしたいの?」と小林さんに尋ねられ「着物の作家になりたい」と答えた日から特訓が始まった。しかし受験した美大の日本画科は不合格だった。「布を作りたい」。こっそり受けて合格した、工芸デザインを学べる武蔵野美術短大に進学した。北欧デザインや工芸、民芸運動について学ぶ傍ら、休みになると小林さんの下で描いた。京都の工房に通い、指で織るつづれ織りの技術も身に付けた。

 フリーランスで洋服生地などの絵柄を描いていた1983年、テキスタイルデザイナー、新井淳一さんに出会う。東京都内を歩いていたらギャラリーで新井さんが個展を開いていたという。イッセイミヤケやコムデギャルソンとの仕事で毎日ファッション大賞特別賞を受けた記念展だった。ふらりと入り衝撃を受けた。「手から生まれるものにこだわっていたけど、新井さんの布は機械で織ったにもかかわらず、私が手織りしたものよりずっと手の痕跡があった」

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 手織り作家への道を改め、新井さんと共にNUNOの創設メンバーになる。「創作のスケールの大きさを学びました。色や模様を任され、日本画の経験も生きた」。手仕事の粋と機械を用いた大量生産を組み合わせる、テキスタイルデザイナーとしての須藤さんの原点がここにある。

1985年当時のNUNOメンバー。前列中央が新井淳一さん。須藤さんは後列左=須藤さん提供

 欧米は製糸から仕上げまで一貫生産する繊維会社が少なくないが、日本は分業制が一般的。糸作り、織り、染め、それらを束ねる人がいないと一枚の布は生まれないことにも気付かされた。NUNOを引き継ぐと産地を歩いた。現在は全国26の産地、115社と共働する。彼らは須藤さんの布作りの根幹であり、革新的な創作に取り組む仲間でもある。「私自身が織り機を動かすわけでも、染めるわけでもない。アイデアや熱意を工場長やエンジニア、職人さんたちと共有し、一緒に知恵を絞る。まさに『共創』という言葉がぴったりなんです」。そう語る表情は誇らしげだった。

 ◇技術引き出す行動力

 水戸芸術館現代美術ギャラリーで5月6日まで開かれている「須藤玲子:NUNOの布づくり」は、須藤さんの手の内を惜しげもなく見せる展覧会だ。

 NUNOは廃棄物や残布に魅力を見いだし、再生させてきた。ある工場で捨てられる繭のくずわたを見つけた須藤さんは、これから糸を大量生産したいと考える。技術面のパートナーを探し、助成金を申請し、実現する。本展を企画したCHATの高橋瑞木館長はこうした行動力に触れ「家族経営の工場から大企業まで、これだけ技術を引き出せる人は他にいない」と評価する。

 工場の様子の映像や、テキスタイルの製作過程をイメージしたインスタレーションなどが並ぶ他、ニードルパンチ、熱収縮、ピンタック織りなど多岐にわたる技法に幾重もの工夫を重ねて生まれるテキスタイルに触ることもできる。

1953年 茨城県石岡市に生まれる
 75年 武蔵野美術短期大専攻科修了工芸デザイン専攻
 84年 新井淳一氏らとテキスタイルメーカー「布(NUNO)」を設立
2004年 英国UCA芸術大より名誉修士号授与
 05年 開業した「マンダリンオリエンタル東京」の内装を手がける
 07年 2006毎日デザイン賞受賞
 19年 香港のCHATで個展「須藤玲子:NUNOの布づくり」が開催される。欧州に巡回
 22年 多摩美術大客員教授に就任、第11回円空大賞受賞
 23年 CHATでの個展が丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(香川)に巡回
 24年 芸術選奨文部科学大臣賞受賞

2024年3月3日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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