<みんぱく発>
博物館見学は旅に似ている。国立民族学博物館(みんぱく)のように世界の文化を展示する博物館の見学は、疑似的な海外旅行といえよう。私は、現在開催中の特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」のキュレーションを担当した。その基本的なコンセプトはラテンアメリカという時空間への旅である。
この旅は、来館者が自宅を出るところから始まる。特別展のテーマに関心をもっていただくために、ポスターにこだわった。メインビジュアルはヤギの体にヒトの顔をしたエキセントリックなメキシコの木彫りだ。
展示場では三つの時間旅行が体験できる。第1の旅では、古代文明から現代まで約3000年にわたるラテンアメリカの形成過程をたどる。まずアンデス文明の土器やアステカの石彫が来館者を迎える。コロンブスの航海に続き、16世紀以降、アメリカ大陸にはヨーロッパ、アフリカ、アジアから人々が到来し、諸民族の文化は複雑に混ざり合った。その過程を追体験するために、パナマの先住民族グナの衣装、ボリビアのカーニバル衣装、ジャマイカのラスタファーライのバッジ、メキシコの漆器などの民衆芸術作品を展示している。
2番目の時間の旅では、1920年代から現代までの芸術振興の過程をたどる。メキシコは、20世紀初頭の革命の後、国民文化の形成を課題とした。その手段として手工芸品を民衆芸術と名づけて振興する政策が試みられた。この関心はペルーにも波及し、メキシコの動物木彫りや焼き物、ペルーの人形や箱型祭壇(レタブロ)など洗練された作品が生み出された。すると欧米の美術館やコレクターがラテンアメリカの民衆芸術に注目し始め、ブラジルの木版画や、ハイチのプリミティブ絵画、アマゾンのシャーマンの絵画などの評価も高まっていった。こうした作品を通じてこの旅では、民衆芸術の成熟を確認することができる。
3番目の旅は、70年代から始まる。暴力を記憶し、不正義に抵抗する市民の批判精神の展開をたどる旅である。チリのアルピジェラはアップリケによる手芸で、73年に成立した軍事政権下の人権弾圧を記録する。ペルーの板絵は、80年代を中心とするゲリラと国軍の間の内戦を描いている。現代メキシコからは、社会的多様性を求める版画などを展示する。最新の作品は、コロナ禍のペルーの民衆の窮状を描いたペン画である。この旅のテーマは重いが、民衆芸術の新傾向として見逃せない。
最後にもう一つ、重要な旅がある。みんぱくから自宅までの帰路だ。展覧会からなにが学べるか思索しながらラテンアメリカへの旅を終えていただきたい。キュレーターとして一番気になるのは、実はこの部分である。(特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」は5月30日まで開催)
2023年5月7日 毎日新聞・東京朝刊 掲載