東京・新宿にある老舗の居酒屋「どん底」は、三島由紀夫や黒沢明も愛したお店。名前の由来はロシア人作家のゴーリキーの戯曲なの。

どん底(2018年)

 私は幼い頃、中国・ハルビンで暮らしていて、両親はロシア人と家族ぐるみで交流し、料理を教えてもらっていた。戦後、ソ連に帰国せず日本に来たロシア人が大勢いた。日本に戻った父は、その人たちの働く場としてロシア料理店を始め、私はたくさんのロシア人たちにかわいがられて育った。だから、描く題材もロシアゆかりにこだわるのね。

 「ひとり寝の子守唄」の発売の時、この店で歌ったこともある。亡き夫の藤本敏夫のお気に入りの店でもあった。そんなことを思い出しながら、冬の寒い日に店の前にうずくまって必死にデッサンしたのがこの絵。深みのある赤や茶色が好きで、全体のトーンも気に入っている。

PROFILE:

加藤登紀子(かとう・ときこ)さん

1943年旧満州(現中国東北部)ハルビン生まれ。65年、東京大在学中に歌手デビュー。「ひとり寝の子守唄」「知床旅情」で日本レコード大賞歌唱賞受賞。80枚以上のアルバムと多くのヒット曲を送り出す。92年、仏政府からシュバリエ勲章を授けられた。どん底(2018年)

2022年7月25日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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