「夜のプロヴァンスの田舎道」1890年5月12~25日ごろ 油彩、カンバス 90.6×72センチ クレラー=ミュラー美術館蔵、(C)Kröller-Müller Museum、Otterlo、The Netherlands

 いまでこそ、世界中で最も人気ある画家の一人だが、生前に名声を得ることのなかったフィンセント・ファン・ゴッホ(1853~90年)。わたしたちが、ゴッホが残した数々の作品に触れることができるのは、評価が定まらないうちから作品を収集、保全したヘレーネ・クレラー・ミュラー(1869~1939年)のような気骨ある収集家らのおかげだろう。

ヘレーネ・クレラー・ミュラー
 ⒸKröller-Müller Museumu、Otterlo、The Netherlands

 ヘレーネは美術教師、ヘンク・ブレマーのアドバイスのもと、1万点超の美術品コレクションを築いたオランダの資産家だ。東京・上野の都美術館で開催されている「ゴッホ展」は、彼女が設立したクレラー・ミュラー美術館の所蔵品を中心に、ゴッホの画業をたどった。

 ゴッホが画家として生きる決意をしたのは1880年。亡くなるまでの活動期間はわずか10年。鮮やかな色彩と筆跡が渦巻く油彩画などからエネルギーあふれる天才気質というイメージがあるが、筆を持ち始めた当初は大成のため熱心に素描に取り組んだ。展示作品からは年月をへるごとに構図が洗練され、人物画に量感が宿っていく過程が見える。ヘレーネはこうした素描も版画と共に約180点収集し、自分に厳しい、努力家ゴッホの姿を伝える。

 南仏アルルの光の下で描いた作品群や、療養所の身近な自然を捉えた風景画に続いて最終盤に登場する「夜のプロヴァンスの田舎道」(1890年)はなじみ深い糸杉のある星月夜。亡くなる約2カ月前に描いた。吸い込まれそうになる夜空とゆらめく大地に、描くゴッホの強烈な存在感が時空を超えて迫ってくる。10年の足跡を巡りこの作品にたどり着いた鑑賞者らは、思い思いの距離を取ってこの夜空と向き合っていた。12月12日まで。

2021年10月27日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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