江戸時代中期の京都というと、昨今では、色鮮やかな動植物を描いた伊藤若冲や、不可解な表情の人物を描いた曽我蕭白ら、「奇想」の画家が注目されている。だが、同じ時代の京都でもう一つ愛されたのが、かわいい子犬の絵である。立役者は円山応挙。実物を観察して捉えつつ、子犬の笑顔を表すなどのさりげない演出を加え、人々の心をつかんだ。

絹本着色 1幅 縦96.8㌢、横41.7㌢ 江戸時代中期(18世紀後半) 摘水軒記念文化振興財団蔵(府中市美術館寄託)

 その応挙の子犬を踏襲しながらも個性的な描き方を打ち出したのが、弟子の長沢蘆雪である。子犬は7匹。後ろ向きの1匹以外は、おかしな体勢で固まっている。朧月(おぼろづき)も蘆雪の得意なモチーフである。絹地に墨で描いた時の柔らかなぼかしを使ったそれは、叙情たっぷりだが、子犬たちは月夜の風情には興味がなさそうだ。

 ところが、後ろ姿の1匹だけは、月を眺めている。禅の世界では、犬にも人と同じ仏性があるか、大まかに言えば人と同じ心があるかどうかを問う問答がある。素直に「ある」と思う人が大半だろうが、では本当にそうかと改めて問われたら悩むだろう。人にはあずかり知らない世界があると知ることが大事なのだろうが、ともあれ、江戸時代、この問答は禅僧に限らず広く知られていたようだ。この絵は、実はそんな問いかけをも含んでいるのかもしれない。

 蘆雪の子犬は応挙と違って「ゆるい」。描線もフォルムも弛緩(しかん)して、子犬たちにはだらけたムードが漂う。それがまた見る者の心もゆるませ、和ませてくれるわけだ。応挙のいかにも巧みな子犬がいて、蘆雪のゆるい子犬がいる。それが当時の京都の子犬ブームだ。

PROFILE:

ながさわ・ろせつ(1754~99年)

江戸時代中期の京都の画家。円山応挙の優れた弟子の一人だが、一方で、自由奔放に筆を走らせる描き方でも人気を呼んだ。

INFORMATION

府中市美術館(ハローダイヤル050・5541・8600)

東京都府中市浅間町1の3。月曜休館。金子信久学芸員は著書に「子犬の絵画史 たのしい日本美術」(講談社)などがある。

2023年3月27日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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