円山応挙《時雨狗子図》絹本着色 1幅 縦99.3㌢、横34.8㌢ 1767(明和4)年 府中市美術館蔵

 円山応挙は、江戸時代の画家の中でも抜群の知名度を誇る。足のない幽霊を初めて描いたことでも有名だが、つまりは、想像と本物っぽさが入り交じった世界を追求した画家だった。実物を見る機会がなかった虎も、輸入された毛皮を研究して、美しく、時にかわいらしく描いた。

 では、この子犬はどうだろう? 雨の中、ぬかるんだ土についた自分たちの足跡を見る2匹。後ろ脚の片方を横に投げ出すのは子犬によくある仕草だが、応挙はそんな「かわいいポイント」を観察によって見いだし、描いたのだろう。けれども同時に、2匹は思い切り笑っている。それも口元だけではない。犬はあまり白目を見せない動物だが、あえて白目を表して、まるで人のような笑顔を描いたわけだ。こんなふうに、本物の子犬のツボを押さえつつ、楽しい演出を加えた応挙の子犬は大変な人気を呼んだらしく、生涯にたくさんの作品を描いている。

 そんな応挙の子犬には原型があった。茶色の1匹には太くて白いラインがあり、目の周りは黒い。こんな犬がいないとも限らないが、この模様は中国や朝鮮の絵をまねたもの。つまり、海の向こうから子犬の絵が渡ってこなければ、「かわいい日本美術史」に燦然(さんぜん)と輝く応挙の子犬も生まれなかったのである。応挙以前、例えば俵屋宗達も朝鮮の絵をもとに子犬を描いたが、どこか不可解な深遠さがあり、決して万人がかわいいと思う絵ではない。応挙は純粋なかわいらしさに狙いを定め、かわいいものをかわいらしく造形化する手法を編み出したのである。

2023年3月6日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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