2022年、アクリル・綿布、縦112.4㌢×横162㌢、Copyright the Artist.Courtesy of ShugoArts.

 すっと湖面に広がる波紋に光がきらきらと反射している。朝もやの静けさに満ちた一瞬。ゆらぐ水面が色彩の波になって染み入ってくる。

 丸山直文さんの絵画がまとう湿潤な空気感は独特の技法による。綿布を床に置いて薄く水をのばし、そこにアクリル絵の具を置いていく。水の中で絵の具は動き、ぶつかり、にじみ、消えてしまうこともある。

 丸山さんは、完成に至るまでに何枚もドローイングを描く。技法上、水の流れによる偶然性が大きく左右するので、習作はイメージを保つために重要だという。そして、くり返し描くなかで、作者の意図を超えた、偶然と必然の間からある時、作品が生まれるのだろう。

 2011年3月11日、多くを奪った津波の映像が、自身が綿布の上で行う制作と重なった。そして水を使って描くことについて改めて考えたという。「自分が立っている場所がいかに不安定か、不確かか、突きつけられました」と語る。水たまりを蹴り上げると、そこに映っていた世界が一瞬でかき消されてしまうように、「当たり前」は時に一変する。水の上で描き続ける丸山さんのそんな意識が、見る人にも伝わってくる。

 本展には、ポーラ美術館が建つ箱根の仙石原の森を描いた最新作も並ぶ。会場構成は、旧知の建築家、青木淳さんが担った。「仙石原の湿気に満ちた空気を、水を使って描く丸山さんとは違うやり方で表した」と青木さん。光や水の粒を連想させる模様が浮かぶ半透明の布を背景に、作品が浮いているようにしつらえた。

INFORMATION

丸山直文 水を蹴る―仙石原―

7月2日まで、神奈川県箱根町仙石原小塚山1285のポーラ美術館(0460・84・2111)。会期中無休。昨年から今年にかけての近作・新作6点が並ぶ。

2023年2月6日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする