狩野探信 「遊狗図」絹本着色 1幅 縦50.7㌢、横35㌢ 江戸時代後期(19世紀前半) 
摘水軒記念文化振興財団蔵(府中市美術館寄託)

 美術にどんな価値を求めるかは人それぞれだが、かわいいものを見下す人は意外に多い。「奥深い美術の世界への扉になればいい」という声も聞くが、これも裏を返せば、「かわいい美術」の価値が低いと言っているようなものだろう。

 「見てかわいいと思うもの」を描くことは素晴らしいと、私は思う。例えば、紙と鉛筆を渡されて「犬を描いて」と言われたら、描ける人は多いだろう。では「子犬を描いて」と言われたらどうだろう? さっき描いた犬のそばに、同じような犬を小さく描けば子犬に見えるかもしれないが、子犬だけでそれらしく見せるのは簡単ではない。

 ミニチュアのような花々が咲く野原。金色の霞(かすみ)も漂い、朗らかな空気に包まれている。野に遊ぶ子犬もちんまりとかわいいが、よく見れば、鼻筋が白かったり、目の周りが異様に白かったりと何だか変である。ところが、子犬の絵をあれこれ見ていて、ある時、中国の絵をまねたものだと気づいた。左端と真ん中の2匹は、南宋時代の画家、李迪(りてき)の作と伝えられる絵に、残りの1匹も別の中国の絵にそっくりなのである。

 作者の狩野探信は、江戸時代後期の画家。既に円山応挙のリアルでフレッシュな子犬の絵も登場していた時代だが、探信は、中国風の絵を看板に掲げる狩野派の画家だけに、海の向こうの子犬の図を、あえて取り入れたのだろう。けれどもそれだけではない。「かわいい絵姿」を生み出すことがどれほど大変か、探信の作品はそのことも物語っているのである。

PROFILE:

かのう・たんしん(1785~1835年)

江戸時代後期の画家。幕府の御用絵師を務めた鍛冶橋狩野家の7代目。狩野派は室町時代以来、代々中国風の作品を専門にしてきたが、探信は、日本のやまと絵の描き方や風俗画も取り入れた。

INFORMATION

府中市美術館(ハローダイヤル050・5541・8600)

東京都府中市浅間町1の3。月曜休館。金子信久学芸員は著書に「子犬の絵画史 たのしい日本美術」(講談社)などがある。

2023年01月23日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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