フェリックス・ヴァロットン 《ヴァイオリン(楽器Ⅲ)》1896年、木版、縦22.5㌢×横18.1㌢

 洗練され、謎めいている。中間が一切ない白と黒で、グラフィックデザインにも通じる巧みな構図で、空間を切り開いていく。素朴で力強い、木版画表現が持つそんなイメージをヴァロットンははねつける。

 「木版の革新者」と言われたヴァロットンの真骨頂は、室内の人物を表した連作に見いだせるだろう。本作は、1896年から翌年にかけて制作された6点からなる「楽器」シリーズの一枚。だんろの炎が照らす男は交友があったベルギーのバイオリニスト、ウジェーヌ・イザイという。家具に施されたアラベスク模様や花瓶などが親密な奥行きを生む一方、男を背後から包み込む黒は芸術家の背負う孤独と重なる。他にはギター、ピアノなどの演奏者が表され、約100部限定で刊行された。希少性を維持するため、版木は廃棄されている。

 ヴァロットンは、この演奏家と楽器の関係を男と女にスライドさせ、97年に10点からなる代表作「アンティミテ」シリーズに着手する。中流階級とおぼしき男女が部屋に1組ずつ。「楽器」で模索した室内空間の描写と、心情を代弁する黒の使い方をさらに突き詰め、結婚生活の不協和音や張り詰めた空気を巧みに切り取った。

 スイスの、厳格なプロテスタントの家庭から享楽的な世紀末のパリに飛び込んだのは16歳。三菱一号館美術館の杉山菜穂子主任学芸員は「同時代の社会に対し、批判的なまなざしを持っていた。ユーモアは忘れなかったが、異邦人としての感覚はずっとあっただろう」と語る。さめた目で捉えた現実を白と黒で封じ込める、卓越した感性だ。

PROFILE:

Félix Vallotton(1865~1925年)

スイス・ローザンヌに生まれ、パリで活躍した。「ナビ派」の画家として知られ、油彩画も描いた。50代で従軍画家として第一次世界大戦の前線に赴く。

INFORMATION

ヴァロットン―黒と白

29日まで、東京都千代田区丸の内2の6の2、三菱一号館美術館(ハローダイヤル050・5541・8600)。月曜(23日は除く)休館。同館所蔵の約180点を公開する。

2023年1月16日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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