1936年、油彩・麻布、縦80.3センチ×横100センチ、山梨県立美術館蔵

【アートの扉】米倉壽仁 ヨーロッパの危機 大戦の時代、予兆

文:平林由梨(毎日新聞記者)

シュールレアリスム

 人間の、無意識下にあるものを表そうとするシュールレアリスム。深層心理の探究にはどこか不気味さもつきまとうが、この代表作をはじめ、米倉壽仁の絵画はからっと乾いていて、明るい。

 空は抜けるように青く、砂漠のような場所にあるのは頭の骨か卵か。それはヨーロッパから北アフリカ、中東、インドまでの地図でもあり、「SCYTHIA(スキタイ)」などと古くからの地名や国名が記されている。ダリが提唱した、見方を変えると別のものに見えてくる「ダブルイメージ」を援用した。本作を発表した際に米倉は、詩誌に「ヨーロッパ的物質文明の崩壊による第二次大戦への予感。」と記した。国内でもその年に2・26事件がおき、翌年、日中戦争が勃発。軍国主義が迫っていた。

 福沢一郎(1898~1992年)が39年に結成した美術文化協会の創立メンバーとなるが、前衛的な表現は危険視された時代。福沢が逮捕されると、残された米倉は当局や商工会議所へ走り、協会存続に力を注いだ。にらまれそうな絵画はあらかじめ展示から外し、釈放された福沢も協会の講演会に陸軍幹部を招くなどし、戦争に踊らされながらも絵筆を執り続けた。

 山梨県立美術館の井澤英理子学芸幹は「戦争をへてシュールレアリスムを離れる画家は少なくなかったが、米倉は一時代の流行としてそれを捉えたのではなく終生、その普遍性を追求した」と語る。晩年は、ダリ的なモチーフは影をひそめ、図形や線、記号を用いた絵画へと変化していく。シュールレアリスムに貫かれた画家の人生を伝える展覧会だ。

PROFILE:

よねくら・ひさひと(1905~94年)

甲府市生まれ。名古屋高等商業学校(現在の名古屋大経済学部)在学中に美術に興味を持ち、31歳で教師の職を辞し上京。詩作もし、詩集「透明ナ歳月」(37年)を出版した。

INFORMATION

米倉壽仁展 透明ナ歳月 詩情(ポエジイ)のシュルレアリスム画家

2023年1月22日まで、甲府市貢川1の4の27、山梨県立美術館(055・228・3322)。1月2、9日を除く月曜と22年12月27日~23年1月1日、4、10日休館。

2022年12月12日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする