棚田康司《僕は僕の中に薔薇を持っている》(部分) 2022
樟の一木造りに彩色、鉛、金箔 高さ164㌢、幅53.5㌢、奥行き51㌢
宮島径氏撮影
©TANADA Koji Courtesy of Mizuma Art Gallery

 肩越しに向こうを見つめる少女。いや、少女と言っていいのか、透徹したまなざしは年を重ねた女性のようでもある。頭の左には、黄金色に輝くバラをさしている。

 力を抜いてリラックスしたような肢体。正面を向くのではなく、振り返ることで「その先」まで空間が生まれる。背中や頭頂部には、鉛の塊が打ち込まれていて、社会に出たときに浴びるとげを象徴しているという。

 棚田康司さんは木を丸彫りして、台座まで含む人がたを彫り出している。「木は手を入れてみると、それぞれが持つ時間性や歴史性が見えてくるんです」と語るように、本作のクスノキも台風か何かで苦労したような濃い帯状の木目が走り、色も普段用いるものとは違っていた。この「負の要素」を転換させた。人の形になってみると、帯状の木目は身体の凹凸と呼応し、等高線のようなアクセントをもたらす。くすんだ肌合いにしても、社会の「とげ」を浴びながらも倒れてしまうことのない、野性的な強さとして表れる。

 本展では、1本のクスノキを縦に割って制作した2体の女性像や、画家のO JUNさんから贈られたキャンバスを用い、二つの画面を組み合わせた「絵」も展示している。個展のタイトルが示すように、戦争や感染症で分断され、傷つく社会の姿が念頭にある。

 だが作家はその先を見据える。「『分断』の先に続く言葉は『それでも生きていかなければならない』。ポジティブに生きるために、ネガティブな現実を直視し、それを乗り越えるだけの脚力を持たねばと思います」

PROFILE:

たなだ・こうじ

1968年、兵庫県明石市生まれ。東京芸術大学大学院彫刻専攻修了。2022年、第30回平櫛田中賞受賞。11月末に開庁する兵庫県伊丹市の新庁舎には彫刻3体が恒久設置される。

INFORMATION

棚田康司展「はなれていく、ここから」

26日まで、東京都新宿区市谷田町3の13のミヅマアートギャラリー(03・3268・2500)。日月祝日休廊。最新カタログ「棘(とげ)をぬく」が同ギャラリーで15日より刊行。

2022年11月14日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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