こちらを向く道化師。疲れ切っているようにも、肩を小さく揺らして笑っているようにも見える。アトリエのイーゼルに残して逝った鴨居玲の絶筆だ。「自画像の画家」とも言われる鴨居。心筋梗塞(こうそく)で倒れた1982年から本格的に自画像を描いた。赤い服の道化師姿のものも何点か残されており、本作も自身を描いたとされる。
自画像かどうかにかかわらず、鴨居は人物の目の玉、視線を描かなかった。目の表情を描き込まないことを本人は「仏像の影響」と語った。人物の心情を伝える情報が少ないからこそ、見る人は想像を促され、対話に導かれる。
倒れる数年前、鴨居は美術史家の坂崎乙郎との対談で「ある日、ある夜、フッと死ということにおののくときがあるんです。恐怖に」と打ち明け、「自分の滅びていく自画像でも描き続ければ、これは全くうまい方法だろうと思って」と語った。そして現実に死と直面した鴨居は、語った通りに自画像を何枚も描いた。
その多くは、眉根を寄せ、こけた頰に無精ひげを生やし、うめき声をもらすように口をうっすらと開けている。恐怖から逃れているようには見えないが、本展を企画した太田美喜子学芸員は「この最後の一枚だけはどこか、納得している表情にも見える」と語る。
死の恐怖と相対し、人生の幕を自ら引いた鴨居。「人間とは何か?」「自分とは何者か?」、自問を繰り返し、もがいた画家の肉筆が迫ってくる。最後まで共に過ごした愛犬のスケッチや写真家、富山栄美子さんによるスナップもまた、素顔の一面を伝えていた。
PROFILE:
かもい・れい(1928~85年)
金沢市生まれ。金沢美術工芸専門学校(現・金沢美術工芸大)で洋画家、宮本三郎に師事する。31歳で初渡欧。パリ、スペインのラ・マンチャ地方で暮らしながら制作した。41歳で安井賞。晩年は入退院を繰り返した。
INFORMATION
鴨居玲展 人間とは何か?
12月4日まで、東京都新宿区新宿3の26の13の中村屋サロン美術館(03・5362・7508)。火曜休館。油彩画、デッサンなど約40点が並ぶ。
2022年10月3日 毎日新聞・東京夕刊 掲載