フェミニンな洋服が大空を背景にして宙に浮かんでいます。ここはパリのモンマルトルのアパルトマン。モノクロームの精緻で美しい写真プリントは、ちょっと皺(しわ)の寄ったこの洋服が着古されたものであることを伝えてくれます。
この古着は物語を持っています。第二次大戦中のホロコーストを記憶するために、その犠牲者がまとっていた衣服などを素材にした美術作品で知られるフランスの美術家クリスチャン・ボルタンスキーが、実際の展示に使った古着の一つがここに写されているのです。生と死を見つめた巨匠へのオマージュは、そのまま戦争の犠牲になった人々への鎮魂でもあるのです。
オノデラユキは女性的なものへの問いかけとシュールレアリスムの魔術性を併せ持った作品で、写真の常識を次々と覆しています。
もしこの古着が奇麗に折りたたまれていたら、どうでしょう。蚤(のみ)の市の出品物、あるいは洗い立ての洗濯物のように見えたかもしれません。まるで生きているように洋服が着られているというこの状況設定にこそ、オノデラ独自の手法が存分に生かされているのです。この服を着ていた人を想像したり、額縁のアクリル板に写り込んだ自分を重ねて自己を見つめ直したりすることも、有名な肖像画や肖像写真の鑑賞にはなかった新たな鑑賞方法かもしれません。
歴史上類例をみない着用者のいない抜け殻の肖像写真は、生あるものが必ず消え去りゆく世の無常を暗示しながらも、パリの晴れやかな空の下で希望の光にも照らされているのです。
PROFILE:
おのでら・ゆき
1962年東京生まれ。93年からパリにアトリエを構え、世界各地で活動を続けている。国内では国立国際美術館(大阪)や東京都写真美術館などで個展を開催した。
INFORMATION
栃木県立美術館(028・621・3566)
10月6日まで、コレクション展「CollectionⅡ 特集 小堀鞆音」を開催中。23日までと月曜休館。宇都宮市桜4の2の7。
2022年9月12日 毎日新聞・東京夕刊 掲載