雄々しいおんどりの、羽根一枚一枚、ざらっとしたトサカや顎(あご)の肉髯(にくぜん)、脚のうろこに至るまで、どこまでも緻密に筆を運んでいく。そして、躍動するおんどりだけではなく、朽ちはじめる命にも同じ熱量が注がれる。茶色く変色しはじめたヒマワリの葉を見てほしい。斑点や、葉脈だけ残して虫に食われてしまった痕跡も、省略しない。細部に目を凝らすとき、射るようなまなざしで世界を見つめ、それを余すことなく描き取ろうとした伊藤若冲(1716~1800年)の姿がまぶたの裏に浮かぶ。

 40代の約10年をかけて全30幅からなる代表作「動植綵絵」を手がけた若冲は、それらを京都・相国(しょうこく)寺に「釈迦(しゃか)三尊像」と共に寄贈した。釈迦の教えのもとに集う、あらゆる命のありさまを描いた。本作はそのうちの一幅。本展を担当する東京芸術大学大学美術館の古田亮教授は「集中し、細かなところまでひたすら描き込む行為は、若冲にとって禅宗の教えに自らを投じる意味合いがあったのでは。祈りの絵画ともいえる」と語る。明治初めの廃仏毀釈(きしゃく)で窮乏した同寺は1889年、この30幅を皇室に献上した。

 本展は、本作の他「池辺群虫図(ちへんぐんちゅうず)」「蓮池遊魚図(れんちゆうぎょず)」「梅花小禽図(ばいかしょうきんず)」など計10幅が一度に見られる機会となった。今年から、同美術館の展示ケースの照明は作品に合わせて調光できるよう改修された。「動植綵絵」には、赤みを抑えた白っぽい光があたっていた。本作の、黒と白のコントラストが際立つ印象的な尾羽は、特に胡粉(ごふん)の白色の濃淡による立体感、質感がより鮮明になり、一層目を引いた。

 ◆メモ
 ◇動植綵絵
 家督を弟に譲り、画業に専念し始めた伊藤若冲が1757~66年ごろにかけて制作した。皇室ゆかりの美術品などを保存・公開する皇居の「宮内庁三の丸尚蔵館」が収蔵。昨年、国宝に指定された。

INFORMATION

日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱

9月25日まで、東京都台東区上野公園12の8の東京芸術大学大学美術館(ハローダイヤル050・5541・8600)。月曜日(19日を除く)休館。前期展示は終了。

2022年9月5日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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