ⒸKlaus Dauven photo by Takeshige Yamaya 2008年(プリント2018年) インクジェットプリント 縦43センチ、横31センチ 栃木県立美術館蔵

 ◇今は見られない〝絵〟

 豊富な水を満々と湛(たた)えたダムが、新緑の中で空中撮影されています。ここは栃木県足利市の松田川ダム上空。コンクリート製の巨大な堤体には可憐(かれん)な花々が描かれています。よくみると愛子内親王のお印のゴヨウツツジのようです。

 描いたのはドイツ人アーティストのクラウス・ダオフェン。描いたというのは正しくないかもしれません。なぜならこの絵は、長年の風雨によって付着したコンクリートの汚れを除去することによって生まれたものだからです。絵の具を付加するのではなく、汚れを除去するという引き算の制作方法がとられているのです。

 世界各地のダムに植物や動物や魚を描くプロジェクトを行っているダオフェンは、日本中のダムを調査して、正面から安全に鑑賞できるダムを選び出しました。どうやって描くのでしょうか。初めに素描を測量機器とレーザー光線を使ってダムに下書きします。次にドイツから飛来した熟練の技術者たちが、高圧洗浄機を使って汚れを除去して、絵を完成させるのです。

 雄大な自然の中で繰り広げられる壮大なプロジェクトは、この作品に不自然な延命措置を施すことなく、自然の風化に身をゆだねる潔さに貫かれています。数年後にはこの花々は、風雨によってかき消されてしまいました。それが自然の摂理であり、芸術の運命なのです。

 現代のロマン主義ともいうべき儚(はかな)くも美しいこの作品は、残念ながら現在では見ることができません。世界で唯一プリントが許されたこの写真でのみ永遠の命を保っているのです。=このシリーズは次回9月12日に掲載予定です

PROFILE:

Klaus Dauven

1966年ドイツ・デューレン市生まれ。デュッセルドルフ芸術大学で学ぶ。やがて廃棄物となる画材や素材を使わず、地球を掃除するプロジェクトを世界中で展開している。

INFORMATION

栃木県立美術館(028・621・3566)

9月4日まで「没後40年 山中信夫☆回顧展」を開催中。月曜休館。宇都宮市桜4の2の7。

2022年8月22日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする