1989年 ゼラチンシルバープリント 縦101.6センチ、横127センチ 栃木県立美術館蔵

 ここは栃木県の旧黒磯市(那須塩原市)の山奥にある堰堤(えんてい)、すなわち小さなダムです。大きな落差をもって流れ落ちる豊富な水が、まるで無数の白糸で織った巨大なカーテンのように見えます。

 自然と人工との共演によるこの造形美は、ここにあるがままの姿ではなく、大型カメラによるスローシャッター撮影とモノクロームの精緻なプリント技術によって生まれたものです。

 柴田敏雄は、道路ののり面を補強するコンクリート壁や、ダムの堤体から落下する水流などの自然と人工が交わる土木的風景を、日本の典型として独自の視点から描き出す写真家です。

 なだらかに傾斜するこれら二つのモチーフと同じように、微細な水の粒子が作り出す雄大な壁面は、自然の風景を幾何学的な抽象画として描き出すために選ばれたものです。画家のセザンヌが、サントビクトワール山やトランプをする人々をモチーフに選びながらも、山の特徴や人物の個性とは無縁の、色と線と面との構成によって、限りなく抽象画に近い具象画を描こうとした制作姿勢と共通するものです。

 こうしてみると柴田の作り出す写真が、画家たちが取り組んできた画面づくりを写真で行おうとする試みであることがわかってきます。堰堤のコンクリートをキャンバスに、流れる水を絵の具に見立てることもできるかもしれません。

 写真と絵画が別々のジャンルではなく、絵画の後を継ぐ平面作品としての写真があることを柴田の作品が、静かに強く語りかけています。

PROFILE:

しばた・としお

1949年、東京生まれ。東京芸術大学で油画、ベルギー王立アカデミーで写真を学ぶ。第17回「木村伊兵衛写真賞」受賞。東京・アーティゾン美術館で鈴木理策との2人展(10日まで)を開催中。

INFORMATION

栃木県立美術館(028・621・3566)

7月16日から9月4日まで、「没後40年 山中信夫☆回顧展」を開催。月曜日(7月18日のぞく)、7月19日休館。宇都宮市桜4の2の7。

2022年7月4日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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