戦禍のなかである。戦闘機が飛び、次々と爆弾を落としている。人々は手を上げて逃げまどう。周りにはチューリップが咲き、チョウが舞う。同じ空に今度はアメリカの飛行機が援助物資を投下する。その下では、リンゴの木を挟んで、銃を構えた兵士が人を撃たんとしている。
本作は、アフガニスタンと福岡の子どもの絵をもとに描かれた細密画シリーズ「誰もいない台所」の一つである。作者のハーディム・アリーは、アフガニスタンのバーミヤンにルーツを持つハザラ人の美術作家で、伝統的な細密画をイランとパキスタンで学んだ。
2006年、アリーは福岡アジア美術館で滞在制作するレジデンス作家として来日し、福岡の子どもたちとワークショップを行った。戦車が野原に放置されるようなアフガニスタンの戦闘の日常を話し、現地の子どもが描いた絵を見せた。福岡の子どもたちは、それに「アフガニスタンの子どもたちを幸せな気持ちにする平和な絵」を描いて応答した。アリーは、同時代でありながら、あまりに異なる現実に生きる子どもたちが捉えた世界を、転写して重ね合わせる。互いの状況を知り、可能性のある未来を想像できることを願って、一つの細密画を作り上げた。この制作を通してアリーは細密画の古いしきたりから自由になり、人々の苦難といった今日的な主題をさらに追究するようになった。
今も世界では、家族への温かい食事が作られることのない「誰もいない台所」で生きる子どもたちがいることを思う。=福岡アジア美術館編は今回で終わります
PROFILE:
Khadim Ali(1978年生まれ)
パキスタン生まれの美術作家。タリバンの迫害を逃れ、2015年にオーストラリアに移住。独の「ドクメンタ」や豪の「アジア太平洋現代美術トリエンナーレ」に出品するなど国際的に活躍する。
INFORMATION
福岡アジア美術館(092・263・1100)
9月6日まで開催するコレクション展「アジアの近現代美術―黎明(れいめい)期から現代まで」で同じシリーズの「誰もいない台所1」が展示中。水曜休館。福岡市博多区下川端町3の1。
2022年6月13日 毎日新聞・東京夕刊 掲載