ザオ・ウーキー《水に沈んだ都市》1954年、油彩・カンバス、縦59.5センチ×横73センチ、石橋財団アーティゾン美術館蔵
Ⓒ2022 by Pro Litteris,Zurich&JASPAR,Tokyo C3760

 うす暗い水底に、沈む街が見える。さまざまな色彩が、深い青の中でかすかな光がゆらめくように輝いている。水平方向の線が街を水の中へと溶かす、無音の世界だ。

 1948年、中国からパリへと渡ったザオ・ウーキー。芸術家たちの「越境」の試みと、それに伴う「変化」に光をあてる本展でザオは「東西を超越する存在」として紹介されている。

 ザオは51年にクレーの作品と出会う。そこに描かれた記号や象形文字、繊細な線に引き込まれた。そしてその影響にどっぷりとつかった。

 本作にも細い線でかたどったヨーロッパらしき街並みや、人のような形が見える。しかし、それまでのクレー風の絵画と異なっているのは、豊かな色彩の海に文字通りそれらの線が沈んでいる点だ。ザオは、具象から抽象へとその表現を変容させる発想を、この詩的で、小さな油彩画に見いだした。

 この後、ザオは線や記号的な形を後退させ、大きな抽象画に取り組むようになる。しかし70年代に入ると、妻の看病などで大作が手がけられなくなった。そんな時、友人に勧められたのが墨と紙だけでできる墨絵だった。これまで「中国風」にならぬよう慎重に避けてきた墨による表現へとザオは回帰した。アーティゾン美術館の島本英明学芸員は「身の置き場に合わせ、しなやかに表現様式を変化させたザオはトランスフォーメーションを体現する人物」と語る。

 本展では他にルノワール、藤島武二、クレーを軸に画家らの越境と変容の様を見せる。同館を運営する石橋財団の継続的な作品収集と奥行きあるコレクションのなせる技だ。

PROFILE:

Zao Wou-Ki(1920~2013年)

中国・北京生まれ。杭州の美術学校で学び、1948年に渡仏。モンパルナス付近に住み、先駆的な抽象表現を行う画家らと交流する。64年に仏国籍を取得。

INFORMATION

Transformation(トランスフォーメーション) 越境から生まれるアート

7月10日まで、東京都中央区京橋1の7の2のアーティゾン美術館(ハローダイヤル050・5541・8600)。月曜休館。所蔵品を中心に約80点を紹介。

2022年6月6日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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