キエン・イムスィリ《音楽のリズム》1949年、ブロンズ、縦53センチ×横39センチ×奥行き36センチ=四宮佑次撮影

 笛を手にした優美なたたずまい。頭部から下半身へと流れ落ちる曲線。当館コレクションの中だけでなく、タイの近代彫刻史においてもその美しさは際立っている。とにかく360度、どこから見ても絵になる彫刻作品なのだ。この美しさは、一体どこから来るのだろうか。

 作者のキエン・イムスィリは、1940年代に多感な青年期を過ごしたタイの彫刻家である。彼が入学したシラパコーン学校では、イタリア人彫刻家のコッラード・フェローチのもと、西洋の写実的な表現技法とともに、タイ固有の造形を大切にすることが教えられた。

 49年に制作された「音楽のリズム」は、スコータイ時代の仏像に影響を受けた作品だ。スコータイは、13世紀末に栄えたタイ族最初の王朝。タイ仏教が花開いた時代でもあり、女性的な曲線美をもつスコータイ仏は、タイの古典様式として位置付けられている。

 しかし、本作の魅力はそうした美しさだけではない。芯にピンと張りつめた緊張感を漂わせていて、作品の細部に宿る力感に気づいたときにハッとするのだ。ひざの下に隠れた右足の反り返った指先や、少しつり上がった口元。笛を吹く一瞬の緊張感がそこに込められている。

 イムスィリが20代後半に手掛けた初期作品ながら、スコータイ仏の優美さと、西洋彫刻の堅牢(けんろう)さが絶妙のバランスで融合された本作は、タイ初の全国美術展において金賞を獲得し、イムスィリの名を美術界の第一線に押し上げたのだった。

PROFILE:

Khien Yimsiri(1922~71年)

タイ近代美術のパイオニアの一人。スコータイ朝の古典的な仏像様式を、タイならではの近代彫刻として再生し、高い評価を受ける。後年は教育者としても影響を与えた。

INFORMATION

福岡アジア美術館(092・263・1100)

本作は9月6日まで開催するコレクション展「アジアの近現代美術―黎明(れいめい)期から現代まで」で展示中。水曜休館。福岡市博多区下川端町3の1リバレインセンタービル7、8階。

2022年5月23日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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