堀江栞《後ろ手の未来#2-6》 2021年 縦194センチ、横60センチ 岩絵の具、にかわ、和紙=筒口直弘氏撮影

 展示室を入って右手奥に、「人びと」はいる。同じような服を着た、等身より少し大きな5人が、縦長の画面いっぱいに表されている。一見きゅうくつそうだが、パネルの側面に回ると、はみ出した腕や肩がしっかりと描き込まれていた。まなざしは、私たちをまっすぐ見つめ返している。うす暗い室内で、自分たちの空間を与えられ、人らしい存在感を放っている。

 堀江栞(しおり)さんは、高校生のとき、油絵で使う有機溶剤のアレルギーがあることが分かった。どうしても描きたくて、天然素材を用いる日本画を選んだという。「閉塞(へいそく)感漂う社会でも、決して踏み潰されてはならない一人一人の尊厳がある」と描いたのが、2019年の「後ろ手の未来」。20人が一画面に収まる前作から、今回は「一人一人に向き合おう」と1枚に1人とした。

 展示室左手で「生誕110年 松本竣介(しゅんすけ)」展が開催されていて、代表作の「立てる像」(1942年)も見られる。戦時下で軍部の方針に異議を唱えた竣介が、この作品を描いたのは、堀江さんが本作を描いたのとほぼ同じ年。80歳違いの2人の作品は、似た色をまとっている。

 「触れえないものたちへ」という展覧会のタイトルには、二つの思いを込めたという。一つは幼い頃から好きだという竣介に寄せる思い。もう一つは、人の痛みについて。自身が受けたという苦しい経験に重ねて話す。「人の痛みの深部には触れることはできない。それを分かったうえで、そこに手を伸ばすような絵を描きたいと思うのです」。絵の近くに寄ると、盛り上がった岩絵の具が、描かれた人が発した光のようにきらきらしている。

PROFILE:

ほりえ・しおり

1992年、フランス生まれ。2014年多摩美術大(日本画専攻)卒業。五島記念文化賞新人賞、タカシマヤ美術賞、VOCA展2022の佳作賞など。エッセーや装画も手がける。

INFORMATION

小企画 堀江栞-触れえないものたちへ

29日まで、神奈川県鎌倉市雪ノ下2の8の1の神奈川県立近代美術館鎌倉別館(0467・22・5000)。初期作から最新作までを展示。月曜休館。

2022年5月16日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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