ルオン・シュアン・ニー《読書する若い娘》 1940年、61.0×45.8センチ、油彩・カンバス、福岡アジア美術館蔵

 明るい光が差し込む室内で、真っ白なアオザイを着た1人の女性がソファに寝そべり読書にふけっている。薄紅色に染まる頰からそのみずみずしい若さがうかがえる。女性の周囲は爽やかな新緑のような色彩で統一されながらも、光の当たり方やモチーフの質感が繊細に描き分けられ、画面に美しいグラデーションをつくりあげている。それもそのはず、作者のニーはベトナムの美しい田園風景を描くことを得意とし、「緑色の巨匠」とたたえられた人物である。

 フランス植民地支配下の1925年、仏人画家ビクトール・タルデューによってハノイにインドシナ美術学校という美術教育機関が設立される。ニーは第7期生としてその門戸をたたき、画家としての道を歩み始めた。ベトナムの美を象徴する画題として、学校において田園風景と並んで盛んに描かれたのがアオザイを着た若い女性の肖像であった。本作から、ニーもまた仲間たちとともに、新たな時代にふさわしい祖国の美を表現すべく奮闘していたことがうかがえる。ニーが描く女性像の気品のあるりんとしたたたずまいは、仏人にもベトナム人にも高く評価された。本作は、そのようなニーの作風の魅力を余すことなく伝えている。

 アオザイは、日本でもベトナムの伝統衣装として広く知られているが、実はこのように体のシルエットにすらりと沿ったデザインは30年代に生まれたものである。白はベトナムにおいて若さを意味する一方で、特に近代以前は死を象徴する色でもあった。白いアオザイを着た女性像に、ニーは過去からの決別と、新たな時代への希望を託したのかもしれない。

PROFILE:

Luong Xuan Nhi(1913~2006年)

ベトナム・ハノイ生まれ。インドシナ美術学校の第7回卒業生。同校最初期の特徴である、詩的でロマンチックなリアリズムのスタイルを継承し、油彩画の技法を後進に伝えた。

INFORMATION

福岡アジア美術館(092・263・1100)

本作は、9月6日まで開催するコレクション展「アジアの近現代美術―黎明(れいめい)期から現代まで」で展示。水曜休館。福岡市博多区下川端町3の1リバレインセンタービル7、8階。

2022年4月11日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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