上野リチ・リックスのデザインは、身の回りを観察することから生まれている。例えば、このハンドバッグのデザイン画。スイセンやスイートピー、マーガレット、スミレにヤグルマソウだろうか、すべての季節を集めたように花々が咲き乱れている。留め口には、カラフルな玉。これらの色を黒い地が引き締めている。
19世紀末にウィーンの裕福な家庭に生まれ、工芸学校でデザインを学んだリチ。ウィーン工房でキャリアを積んだ後、日本人建築家の上野伊三郎との結婚を機に、京都へ。本作は、京都市染織試験場時代の技術嘱託を務めていた1935~44年に描かれた。
植物は生涯を通じてのモチーフだった。テキスタイルや、服飾小物類、インテリアデザインまで幅広く用いられており、一貫してイメージの源泉となっていたようだ。多色づかいも特徴の一つだが、決してうるさくなく、有機的な線に包まれ生き生きとしている。
来日する前からジャポニスムの影響を受け、さらに日本と出合ったリチ。だからこそ、自然を意匠化する手腕にたけていたのだろう。63年に手がけた東京・日生劇場の旧レストランの壁画は集大成的作品で、アルミ箔(はく)にポスターカラーで、草花や鳥、果物を描いてみせた。
リチのデザインを見ていると、心が弾む。その理由は、スケッチ帳を見ると分かる。一つとして同じ形がない花びら、伸びる茎、枝先で揺れるつぼみ。自然から得た感興があふれている。先のハンドバッグは戦前、戦時下にデザインされた。そこにあるのは、暗い時代と相反するような、もえいずる生命だ。
PROFILE:
うえの・りち・りっくす(1893~1967年)
フェリーツェ・リックスとして、ウィーンに生まれる(リチは愛称)。ウィーン工芸学校卒業、ウィーン工房に。京都市立美術大(現・京都市立芸術大)では後進の指導にもあたった。
INFORMATION
上野リチ:ウィーンからきたデザイン・ファンタジー展
5月15日まで、東京都千代田区丸の内2の6の2の三菱一号館美術館(ハローダイヤル・050・5541・8600)。月曜と4月12日休館(3月28日、4月25日、5月2、9日は開館)。
2022年3月28日 毎日新聞・東京夕刊 掲載