平野富山《羽衣舞》1983年 木、彩色 静岡市蔵(静岡市美術館管理)

【アートの扉】発見!お宝静岡市美術館/3 平野富山 羽衣舞彫技と彩色の極み

文:太田紗世(静岡市美術館学芸員)

コレクション

 頭上に輝く鳳凰(ほうおう)の天冠、金地の模様が織り込まれた白い装束。まばゆいばかりの色彩を持つ本作は、能楽の演目「羽衣」の舞を表したものだ。舞台は静岡市が誇る景勝地、三保松原。羽衣を見つけた漁師の白竜(はくりょう)と、持ち主の天女による駆け引きの末、天女は無事に羽衣を身にまとい、舞を披露しながら天界へと昇っていく。

 一見すると本物の装束かと錯覚するほどのリアルな質感で迫ってくるこの像は、実は天冠の装飾の一部を除き、一本の木材から彫り出されている。台座以外はすべて日本画絵の具で彩色されており、中啓(ちゅうけい)と呼ばれる扇や衣に映える朱色の組みひもまで、もちろん木でできている。その彫技と不即不離の関係にある彩色技術、双方の超絶技巧に見る者は驚きを隠せないだろう。

 作者は静岡市出身の彩色木彫家、平野富山(ふざん)。107歳の長寿を全うしたことでも知られる日本近代木彫の巨匠、平櫛田中(ひらくしでんちゅう)の彩色パートナーとして約半世紀の時を共にした。田中の代表作であり、日本近代彫刻の記念碑的作品としても名高い「鏡獅子」(東京国立近代美術館蔵、国立劇場で展示)も、その豪華絢爛(けんらん)な彩色は富山に託された。

 田中との交流を大きな糧に、自身も彩色木彫に取り組んだ富山。その作家人生の集大成として「羽衣舞」が誕生した。まだ駆け出しの頃、故郷にゆかりある能楽「羽衣」の小さな彩色木彫を手がけた富山は、再び、90㌢高の彫刻作品として世に問う。面と稜線(りょうせん)が織りなす衣のノミ跡は、緊張感とゆったりとした時が交ざり合う能舞台の空気と呼応するかのようだ。富山が生涯をかけて追求した彩色木彫の境地がここにある。=静岡市美術館編は今回で終わります

PROFILE:

ひらの・ふざん(1911~89年)

現在の静岡市清水区出身。上京し、人形師・池野哲仙門下となる。哲仙没後、平櫛田中からの彩色の依頼を引き継ぐ。彩色木彫のほか西洋彫刻も学び、裸婦像を中心に日展等の団体展で発表した。

INFORMATION

静岡市美術館(054・273・1515)

静岡市葵区紺屋町17の1、葵タワー3階。「羽衣舞」をはじめ遺族から市に寄贈された富山の作品は、同市清水文化会館マリナート(054・353・8885)1階の小スペースで常時公開している。

2022年3月14日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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