クリスチャン・マークレー《フェイス(恐れ)》 2020年、コラージュ、30.2センチ×30.3センチ、ⒸChristian Marclay.Courtesy Gallery Koyanagi,Tokyo.

 叫び声を上げる顔を覆い尽くす文字列。1980~90年代のアメリカンコミックスから切り抜いた数々のオノマトペがコラージュされている。新型コロナウイルスの感染拡大により「ステイホーム」が叫ばれたさなかに制作された新作だ。

 パンクミュージックを出発点に、前衛音楽シーンでも注目を集める作家だからか、作品は日常生活では味わうことのない目と耳、頭の使い方へと駆り立てる。例えば、複数のレコードを切断し、その断片をパズルのようにつぎはぎした「リサイクルされたレコード」(79~86年)のように、「音」は解体され、再構築され、イメージとして提示し直されたりする。

 本作は、目で捉えたイメージが脳内で音に変換されるタイプの作品だろう。作家が抱く、気候変動や「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大事だ)」運動といった同時代の社会への不安が投影されている。東京都現代美術館の藪前知子学芸員は「共感のためのメディアでもある音楽と、美術の領域をまたいできたマークレーだからこそ、見る人と不安を共有し、打ち破る力になり得る作品が生まれる」と話す。確かに、オノマトペによる不協和音の中で大きく開かれたその口に、見る人は、マスクの下に隠された自身の叫び声を重ねたくなるに違いない。

 見慣れない英語のオノマトペの数々は、異なる言語が表す世界への想像力もかき立てる。見ることを聞くことに、聞くことを見ることに置き換えなじみの風景を揺さぶる、マークレーによる「translating」(翻訳する)の試みは続く。

PROFILE:

Christian Marclay(1955年生まれ)

米カリフォルニア州で生まれ、スイス・ジュネーブで育つ。芸術大学で学び、79年にターンテーブルを使った最初のパフォーマンスを発表。80年代以降は聴覚と視覚の関わり合いに注目した作品で美術分野でも活躍する。

INFORMATION

クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]

2月23日まで。東京都江東区三好4の1の1、東京都現代美術館(03・5245・4111)。月曜休館(21日は開館)。全キャリアを振り返る国内の美術館では初の大規模展。

2022年1月24日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする