《邸内遊楽図屛風》 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵

【アートの扉】邸内遊楽図屛風(部分)追憶の世界へ

文:高橋咲子(毎日新聞記者)

コレクション

日本美術

 「根津嘉一郎が購入して以来、ほとんど外部に存在を知られていなかった。今後注目されるべき作品です」。東京・根津美術館の学芸部長、野口剛さんは話す。東武鉄道の社長などを務めた実業家の根津が、1916(大正5)年に1500円で購入した六曲一隻(6枚に折りたたむことができる)の屛風(びょうぶ)。2020年度に修理が済み、初公開されている。

 舞台は、若い男性が客をもてなす若衆茶屋。広い邸内と、池のある庭で人々が楽しそうに集っている。隅々まで神経の行き届いた細やかな筆致だから、細部に見入ってしまう。

 手腕がもっとも発揮されているのは、屋敷の構造の描写だろう。全体を見ると、画面右に屋敷の入り口があり、次いで張り出した畳敷きの部屋、さらに奥まった部屋が画面の左まで続く。部分図の右上で繰り広げられる複雑な構成には息をのむ。竹の雨どい、透かし彫りの欄間や引き戸、柱越しに、源氏物語の一場面を精緻に表現した屛風を見ることができる。

 集う人たちからは宴席のさんざめきが聞こえてくる。囲碁将棋、すごろく、腕相撲に鼓を打つ人。部分図左下では、坊主頭の男が、若衆たちからとっちめられている。とはいえ、男はどこかうれしそうだ。

 臨場感あふれる描写だが、筆運びや人物の表情は端麗だ。だから、画面から立ち上るのは、欲望というより、かつての愉快な思い出なのかもしれない。若衆茶屋で遊んだ人物が、非日常の世界を追憶するために手に入れたのがこの屛風だった――。そう野口さんは想像している。

 ◆メモ
 ◇邸内遊楽図屛風
 妓楼(ぎろう)など建物の内外で繰り広げられるさまざまな遊楽が主題。名古屋・徳川美術館の「遊楽図屛風(相応寺屛風)」などが有名。大阪大の門脇むつみ准教授の調べでは、確認できる53点の大半が妓楼を描いたもので、若衆遊びを主題とするのは、本作含め7点のみ。

INFORMATION

百椿図―初公開の「邸内遊楽図」とともに―

2月13日まで、東京都港区南青山6の5の1の根津美術館(03・3400・2536)。新春恒例の「百椿図」を含むテーマ展示。月曜日休館。

2022年1月17日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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