レッサー・ユリィ「夜のポツダム広場」 1920年代半ばごろ、油彩、カンバス、79.6センチ×100センチ、イスラエル博物館蔵 PhotoⒸThe Israel Museum, Jerusalem by Avshalom Avital

 広場のアスファルトはぬれ、そこにカフェのあかりやネオンが反射している。かすみがかかる、つま先から寒さがはい上ってくる夜の都市だ。絵の前に立つと、鼻から吸い込む空気が冷たく湿って感じられるほどだ。作者は、日本ではほとんど知られていないユダヤ系ドイツ人画家。はじめは印象派に学びながらも、ベルリンといった都市や室内の風景を独特の情感で描いた。この作品は同地のユダヤ博物館に収められたが、ナチスによる同館閉鎖に伴い、没収された。1945年に旧帝国文化院の地下室から見つかった。

 初来日した本作は、無名作家にもかかわらず美術館で発売したポストカードが初日で完売した。SNS(ネット交流サービス)でも話題になり、異例のブレークとなった。本展を担当した安井裕雄上席学芸員は当初、スペースの都合から展示を見送るつもりだったと明かす。「しかし実物を見てみると、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』とも異なる陰に引き込まれ、共鳴した。これは日本でも人気が出ると直感した」。画家について各国から文献を集め、図録をまとめた。

 コローやクールベ、ブーダンら戸外制作を始めた先駆けから、刻一刻と変化する光を捉えたモネ、ルノワール、そして新たなスタイルを模索したゴッホ、セザンヌ、ゴーガンまで、イスラエル博物館の印象派コレクションを通して、描かれた光を旅するように巡ることができる本展。その中にあってユリィの作品がこれだけ人気を集めるのは、柔らかな光に包まれた自然豊かな風景より、冷たい雨が降りしきる都市の情景の方が、揺れる現代に寄り添うように感じられる証しかもしれない。

PROFILE:

Lesser Ury(レッサー・ユリィ)(1861~1931年)

プロイセンの小村ビルンバウム生まれ。11歳で父を亡くし、ベルリンに移住する。ブリュッセル、パリなどで絵画を学び、60歳で開いた展覧会でドイツでの知名度を確立した。

INFORMATION

イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜――モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン

2022年1月16日まで、東京都千代田区丸の内2の6の2の三菱一号館美術館(ハローダイヤル050・5541・8600)。月曜(27日、1月3、10日は除く)、31日、1月1日休館。

2021年12月6日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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