平安中期の武将、源頼光と家来の四天王。これに藤原保昌が加わって八幡・住吉・熊野の諸神の加護を得て、酒伝童子を退治する物語。この「酒伝童子絵巻」は、小田原の北条氏綱の注文によるもので、狩野元信が制作を担当した。「実隆公記」の享禄4(1531)年の記述には、同絵巻の銘と奥書を三条西実隆が清書したとある。まさに注文主、作者、制作背景までがはっきりとわかる、中世の上質なエンターテインメント巨編といえよう。
長大な絵巻の中でも、頼光らがいよいよ酒伝童子を退治するこのクライマックスは当初から人気が高かったのであろう、巻末まで繰り返し鑑賞されてきたらしい。絵巻がアナログ画面だからこそ、巻頭から巻末まで、広げては巻き戻す作業が何度もリピートされる宿命にあったのである。それゆえこの絵巻は全体に紙の折れが目立ち絵の具の剝落が進んでしまっていた。ところが近年、国の重要文化財に指定され、これを機に全巻を修復することがかなった。今回の展覧会は修復完了後の初公開の展示となる。
上巻の詞書(ことばがき)を読むと酒伝童子退治の使命を帯びた頼光たちの旅支度が語られる。笈(おい)の中には愛用の鎧兜(よろいかぶと)を収め、頼光の「雲切」、渡辺綱の「鬼切」などの名刀をそれぞれ携えて鬼の住処(すみか)へと向かった様子がわかる。ここにはすぐれた刀剣には邪をふりはらう超絶的な威力があると信じられていた様子がうかがわれる。酒伝童子のキャラクター設定も実は意外に複雑で、皆で刀剣をふるってラスボスをついに討ち果たす構成には、昨今のアニメやゲームに通じる要素を確かにうかがうことができる。
〈メモ〉
酒伝童子絵巻
巨匠・狩野元信(1476?~1559年)の工房は社寺縁起絵巻などを手掛けたが、これは手に汗握るスリラー、ホラーである。物語は、能、浄瑠璃、歌舞伎、祭りの山車にも取り込まれ、現代に至るまで人々をわくわくさせてきた。
INFORMATION
開館60周年記念展 刀剣 もののふの心
15日~10月31日、東京都港区赤坂9の7の4、東京ミッドタウン内のサントリー美術館(03・3479・8600)。寺社に伝わった刀剣を、武家風俗を描く絵画や史料と共に紹介する。本作は通期で展示(場面替えあり)。火曜休館。
※現在は終了しています。
2021年9月13日 毎日新聞・東京夕刊 掲載